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光紡ぐ肌のルノワール展-京都市美術館

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発表 2016-4-7 22:13:28 | 全階表示 |閲覧モード
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光紡ぐ肌のルノワール展
会場:京都市美術館
〒606-8344京都府京都市左京区岡崎円勝寺町124 岡崎公園内
TEL:075-771-4107
会期:2016年03月19日~2016年06月05日

光紡ぐ肌のルノワール展-京都市美術館

光紡ぐ肌のルノワール展-京都市美術館

フランスの印象派を代表する画家の一人,ピエール=オーギュスト・ルノワールは,人物画,特に女性や子供たちを好んで描いたことで知られています。  “人生は長く終わりのない休暇である”という彼の言葉が示すように,自分が目にした年齢や社会的地位の様々な女性のポーズや日常の一場面から,人生の美しさと幸せを見つけて表現してきました。本展では,女性たちの透明な肌,色鮮やかな頬と唇などルノワールの描く光あふれる美を堪能できます。
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 スレ主| 発表 2016-4-7 22:16:10 | 全階表示
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第1章《子どもと少女》
Chapter1 : Children and Young Girls
 ルノワールは「美しく描かなければならない」と語っていたという。これは、美を捉えようとするならば、美しさそのものを昇華させなければならないことを指している。画家ルノワールにとって、美とは自然(人間も含む)であった。したがって、芸術家は自然を見る目を持たねばならず、着想も自然から得るべきものと考えていた。
 子供を題材にしたルノワール作品の多くでは、あどけなさが表情や繊細な佇まいで理想化されている。公園で遊ぶ少女の遊具やドレスにつけられたタフタの飾り結び、首の周りや髪に巻かれたビロードのリボンなど、布地や小物の素材感は軽やかで詩情に溢れている。ルノワールが描いた肖像画は、注文に応えたもの、画家がモデルに選んだ無名の少女のもの、自分の子供を描いたものなど様々であったが、これらのいずれにおいても、自然な無邪気さの瞬間性が追求されている。偽りのない夢見がちな優しい眼差しや、軽やかにウエーブした髪が調和のとれた真珠色に光り輝く様が我々にもその瞬間の感覚を伝えるのだ。そこに生み出された絵画的効果には胸打つものがある。ルノワール自身も「芸術作品は見るものに強い感動を与え、包み込まれるような感情をもたせ、心を激しく揺さぶらなければならない。芸術家は作品を通して己の情熱を伝えるのだ。」と語っている。
第2章《身近な女性たち》
Chapter2 : Women of Family

 ルノワールと会ったことのあるマティスは、「ルノワールは肉体に宿る優美さと自然の美しさのすべて、生きる喜びのすべてを描きとめようと決意していた」と語っている。これは、ルノワールが画家人生を通して持ち続けた創造的精神を示す一言で、特に自分の身内の女性を描いた作品に反映されているものだ。
 後にルノワール夫人となるアリーヌ・シャリゴは数多くの名作に描かれたルノワールのミューズだ。彼女は1880年に描かれた自然の際立つ《ルノワール夫人と犬》(出品作品)に登場している。本作品でルノワールが伝えるのは、田舎で過ごす午後に感じる心の安らぎといった気取りのない幸せだ。アリーヌは人生の節目ごとにルノワールに描かれているが、次男ジャンが誕生すると、母性の象徴として描かれるようになる。その後は、ジャンや続いて誕生した愛称ココと呼ばれたクロードたちの面倒を見たアリーヌの親戚である家事手伝いのガブリエル・ルナール、さらには息子たちの恋人など、身辺の若い女性たちが自然とルノワールのモデルとなっていく。特にガブリエルは晩年のルノワールにとって欠かすことの出来ない存在であった。家事や育児だけではなく、モデルとして多くの作品に登場したばかりか制作の助手までつとめていた。また≪バラをさしたブロンドの女≫(出品作品)に描かれた女優カトリーヌ・へスリングはルノワール最後のモデルであり、後年ジャンの妻となっている。女性の輝きや、穏やかさと愛に満ちた幸せな時間が持つ美しさを描くことを望んだルノワールにとっては、こうした女性たちすべてが創作の動機となったのである。
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 スレ主| 発表 2016-4-7 22:18:04 | 全階表示
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第3章《同時代の女性たち》
Chapter3 : Women in All Aspect

 ルノワールは生活、自然、そして自然体の人々を愛した。画家が望んだのは、日常生活の穏やかさを描くことだった。このため、モデルを選ぶ場合にも、ごく自然な状態であることを要求し「モデルに普段通りの立ち振る舞いで、いつも通りに座り、いつも通りの服装をするように頼み、不自然さや演出が感じられないようにした」という。ルノワールは、画家人生初期のミューズたちに始まり、1870年代終わりに経済的安定をもたらした注文肖像画に描かれた女性、自分の子供たちの母親まで、自分が描いた全ての女性からインスピレーションを得ていた。若く慎ましやかな女性、魅力的な女性、生き生きとした踊り子、散歩や劇場で見られる洗練されたパリジェンヌ、慈しみと愛情に満ちた母親など様々な女性が交互にルノワールの創作の源となっただけでなく、彼を画家として社会に認めさせたのである。ルノワール自身は「美しさをあらゆるものにみいだせなければならない。それが人を詩人にするのである」と語っている。1879年、パリの公的な展覧会「サロン」に出品された、ルノワールのコレクターで最も重要な経済的支援者の一人を描いた 《ジョルジュ・シャルパンティエ夫人と子どもたち》、そして、《女優ジャンヌ・サマリーの肖像(立像)》の2点はルノワールに初めての成功をもたらすと同時に、自然な調和のある構図能力だけでなく、色彩家としての才能も証明した。
第4章《浴女と裸婦》
Chapter4 : Bathers and Nudes

 ルノワールは「神の創造した最も美しい創造物、人間の身体を眺めることによって到達する恩恵に満ちた状態」について語り、次のように付け加えている。「個人的な趣味で言えば、(最も美しいのは)女性の身体だ!」。ルノワールの作品では、絵具が肉体になり、撫でるような筆遣いを感じさせる。女性は裸体であろうと衣服を身につけていようと、光と創造力の源となった。画家人生のごく初期から最晩年期まで、裸婦はルノワールの創作の原動力であった。女性の裸体が、理想的曲線や彼が夢描いた色彩を探求するための理想的な題材であったからだ。うねる曲線は人間の完璧な美しさや人生を象徴し、また、それを見るものが感じる快楽をも昇華させるものであった。アングルの影響が時折感じられる女性の豊満な形状に加えて、筆遣いがもたらす絵画的効果も見るものに感動を与える必要があった。ルノワールにとって、絵とは夢を見させるべきものであったからだ。そのために、選ばれた色を用いて、非常に薄い絵具の層をカンバスに重ねることで、陶器や桃の皮のような効果を出した。これらの絵を見ていると、描かれている女性に触れてみたくなる。ルノワールの裸婦は官能性、女性的かつ母性的な優しさ、人生や美しさの象徴なのである。
第5章《デッサン、彫刻、版画》
Chapter5 : Works on Paper,Sculptures and Prints

 ルノワールには油彩画と比べると紙に描かれた作品は少ない。しかしながら、人間の身体を筆で一息に捉えた彼のデッサン能力の高さを見ると、油彩画家である以前にデッサン画家としての芸術家ルノワールの優れた才能は疑う余地がない。ルノワールのデッサンの多くは着色されたものだが、これは彼自身が語っていたように線ではなく、色が造形すると考えていたためであろう。彼は人物を主題とした油彩画で体の量感を描き出すための習作としてデッサンを位置付けていたため、風景を描いたものはあまりない。この点がセザンヌとの違いである。女性の身体、特に裸婦、正確には浴女を描く際、サンギーヌ(赤褐色のチョーク)か黒色チョークを好んで使った。これは鉛筆に比べると描線に制限されることなくパステルのような量感描写をより豊かに出すことが可能であったからであろう。デッサンの多くは未完成なままで筆を置いているような印象があるが、これは人に見せることを目的とせず、主に油彩画の習作として制作されたものだからである。
 ルノワールは、晩年になって画商アンブロワーズ・ヴォラールの勧めで彫刻の制作を開始した。既に体の自由が利かなかったため、多くはマイヨールの教え子でスペイン人の彫刻家リシャール・ギノやルイ・モレルに手助けを受けたコラボレーション作品として、絵画で絵描いてきた女性像などを彫刻でも創造している。また、当時の印象派の画家の多くがそうであったように、当時隆盛を極めた版画表現にも手を染め、エッチング、リトグラフなど様々な版画技法での作品を残している。
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