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桃山時代の狩野派 永徳の後継者たち-京都国立博物館

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発表 2015-3-7 19:32:49 | 全階表示 |閲覧モード
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特別展覧会 桃山時代の狩野派 永徳の後継者たち
会場:京都国立博物館
〒605-0931 京都府京都市東山区茶屋町527
電話:075-525-2473(テレホンサービス)
会期:2015年4月7日(火)~2015年5月17日(日)

桃山時代の狩野派 永徳の後継者たち-京都国立博物館

桃山時代の狩野派 永徳の後継者たち-京都国立博物館

料金:一般 1500円(1300円)/大学生 1200円(1000円)/高校生 900円(700円)/中学生以下無料
*( )内は前売りおよび団体20名以上。
*障がい者の方と介護者(1名)は、障がい者手帳などのご提示で無料となります。
*本料金で平成知新館 名品ギャラリーの展示もご覧いただけます。
*キャンパスメンバーズは、学生証をご提示いただくと団体料金になります
休館日:月曜日 *ただし、5月4日(月・祝)は開館
2015年は大坂の陣からちょうど400年にあたります。豊臣から徳川へと天下の趨勢が一変したこの出来事の前後、武士はもとより、絵師もまた熾烈極まる生き残りをかけた戦略を繰り広げました。
 とくに権力者と密接に関わってきた狩野派にとって、この時期は棟梁・永徳の死やライバル・長谷川等伯の台頭、来るべき新時代の覇者の見極めなど、一門にとって最も苦しく、また難しい判断を下さねばならない激動の時代でした。
 本展覧会は、狩野派史上最大のピンチにおちいった慶長年間前後に着目し、永徳没後、「豪壮」から「華麗」へ、さらに新たな為政者・徳川家に対応すべく、「瀟洒淡麗」へと画風を変えていく一大転換の過程を、永徳の後継者たちの作品を一堂にして辿るものです。
 また、この「桃山後期」に焦点をあてた狩野派の展覧会としては、過去最大規模となる、国宝1件、重要文化財23件、重要美術品1件、初公開作品3件を含むおよそ70件を出品し、百花繚乱のごとくその才能を花開かせた狩野派絵師たちの競演と戦いの歴史をご紹介します。
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 スレ主| 発表 2015-3-7 19:35:47 | 全階表示
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華麗な絵画世界を創造、永徳の後継者/光信(みつのぶ) [1565-1608]

永徳の長男。父の急逝に伴い、若くして狩野派の棟梁となった。永徳風の大画も手掛けたが、むしろその真骨頂は父とは対照的な大和絵の風情を湛えた繊細優美な画風にある。豊臣秀頼が再建した勧学院に描かれた本図はその典型作。複雑に交叉する金雲とその合間から姿をのぞかせる美しい樹々は見る者に爽やかな印象を残す、光信の最高傑作。

重要文化財「四季花木図襖(しきかぼくずふすま)」 光信筆 滋賀・園城寺 ...

重要文化財「四季花木図襖(しきかぼくずふすま)」 光信筆 滋賀・園城寺 ...

重要文化財「四季花木図襖(しきかぼくずふすま)」 光信筆 滋賀・園城寺
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 スレ主| 発表 2015-3-7 19:38:46 | 全階表示
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豪快な画風をもって鳴る、永徳の影武者/宗秀(そうしゅう) [1551-1601]

永徳より8歳年下の弟。真名は元秀。早くから兄の片腕となって活躍し、兄譲りの豪快な画風をもって、その影武者的な役割を果たした。天正4年(1576)には、永徳が織田信長の命で安土城障壁画制作に赴く際、家屋敷と一時的ながら宗家の地位を譲られたが、これは万が一、画事が不評を買った場合、その咎めが狩野派全体に及ぶのを危惧しての措置で、永徳の、弟に寄せる信頼の大きさを如実に物語っている。本作は元秀印とともに、祖父にあたる元信の印が捺されるが、これは永徳から狩野宗家を譲られた証なのであろう。小品ながら画風は大らかで、金の光沢も美しい。

豪快な画風をもって鳴る、永徳の影武者/宗秀(そうしゅう) [1551-1601]

豪快な画風をもって鳴る、永徳の影武者/宗秀(そうしゅう) [1551-1601]
「扇面画帖(せんめんがじょう)」 宗秀筆
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 スレ主| 発表 2015-3-7 19:41:13 | 全階表示
秀吉の推挙で永徳に入門、京狩野の祖/山楽(さんらく) [1559-1635]

もとは浅井家家臣の子。父が豊臣家に仕えた関係から、秀吉の推挙で永徳の弟子となった。豊臣家滅亡後は徳川幕府から追われたが、松花堂昭乗らの取りなしにより事なきを得たという。後にひとり京都に留まり、京狩野の礎を築いた。山楽の画風は永徳の豪放さ、大らかさを継承するもので、本図も、永徳による代表作「唐獅子図屏風」(宮内庁三の丸尚蔵館)の流れを汲むものだが、永徳画のもつスケールの大きさを継承しながらも、一方で風にたなびく鬣(たてがみ)・尾など装飾的な表現にも意が払われている。

「唐獅子図屏風(からじしずびょうぶ)」 山楽筆 京都・本法寺

「唐獅子図屏風(からじしずびょうぶ)」 山楽筆 京都・本法寺

「唐獅子図屏風(からじしずびょうぶ)」 山楽筆 京都・本法寺
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 スレ主| 発表 2015-3-7 19:45:02 | 全階表示
豊臣家の大イベントを記録、風俗画の名手/内膳(ないぜん) [1570-1616]

摂津の武将・荒木村重の家臣の子。永徳の父・松栄に画を学び、のち豊臣秀吉・秀頼の信任を得て御用絵師を務めた。岩佐又兵衛の師とも伝えられる。本図は、秀吉七回忌臨時大祭の様子を描いたもので、秀頼の命で制作された。この左隻には方広寺大仏殿をバックに繰り広げられる豊国踊りの大群舞が、群衆の凄まじい熱気とともに生き生きと捉えられている。このような豊臣家の一大イベントの記録画制作を任されたことは内膳にとって生涯最高の栄誉であったに違いない。

重要文化財「豊国祭礼図屏風(ほうこくさいれいずびょうぶ)」(左隻) 内膳筆 京都・豊国神社 ...

重要文化財「豊国祭礼図屏風(ほうこくさいれいずびょうぶ)」(左隻) 内膳筆 京都・豊国神社 ...

重要文化財「豊国祭礼図屏風(ほうこくさいれいずびょうぶ)」(左隻) 内膳筆 京都・豊国神社
展示期間:5/7-5/17

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 スレ主| 発表 2015-3-7 19:46:55 | 全階表示
天皇の信頼度抜群、 光信亡き後の大黒柱/孝信(たかのぶ) [1571-1618]

永徳の次男。兄・光信が江戸から帰京する途中48歳で亡くなって以降、わずか12歳であった幼い兄の子・貞信の後見役となって狩野派を支えた。のちに江戸狩野の中核をなす探幽・尚信・安信3兄弟を育てたことでも有名である。また、孝信はかつて土佐派が担っていた宮廷絵所預にも任じられており、後陽成天皇や公家の近衛信尹らから厚い信任を得ていたことが知られる。本図は徳川幕府の命で制作された後水尾天皇の御所を飾る障壁画だったもので、後に仁和寺に下賜された。画面は艶やかな彩色と金雲、胡粉の盛り上げなどの効果によって桃山後期特有の華麗な雰囲気を備えるが、他方、本図に見る気宇の大きさには父・永徳の画風を偲ばせるものがある。

「牡丹図襖(ぼたんずふすま)」 孝信筆 京都・仁和寺

「牡丹図襖(ぼたんずふすま)」 孝信筆 京都・仁和寺

「牡丹図襖(ぼたんずふすま)」 孝信筆 京都・仁和寺
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 スレ主| 発表 2015-3-7 19:49:18 | 全階表示
江戸への先兵、家康・秀忠に仕えた初の狩野派絵師/長信(ながのぶ) [1577-1654]

永徳より34歳も年下の弟。早くから徳川幕府の御用絵師となり、探幽ら3兄弟の江戸移住にあたっては派内の長老格として尽力した。切手の図案にもなった本図は、風俗画が流行した桃山後期の最たる名品。満開の桜の下で繰り広げられる風流踊りや貴婦人たちの酒宴の様子が格調高く表されている。

国宝「花下遊楽図屏風(かかゆうらくずびょうぶ)」(左隻) 長信筆 東京国立博物館 ...

国宝「花下遊楽図屏風(かかゆうらくずびょうぶ)」(左隻) 長信筆 東京国立博物館 ...

国宝「花下遊楽図屏風(かかゆうらくずびょうぶ)」(左隻) 長信筆 東京国立博物館
後期展示:4/28-5/17
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 スレ主| 発表 2015-3-7 19:51:09 | 全階表示
若くして没した悲運の狩野宗家/貞信(さだのぶ) [1597-1623]

貞信は光信の長男。父の急逝に伴い、12歳の時に叔父の孝信を後見役として宗家の地位に就いた。徳川和子入内に際し建てられた女御御所御局の障壁画制作では、最も格式高い上段之間に本図「住吉社頭図」を描くなど、宗家として順調な歩みを見せていたが、27歳の若さで急逝してしまう。貞信に子がなかったため、宗家は孝信の三男・安信が継ぐことになり、派内の実権は探幽・尚信・安信3兄弟のもとに移り、これにより江戸狩野の体制の基礎が確立された。この図には住吉社を象徴する太鼓橋と、松林を背景に正月の羽根突きやぶりぶり毬杖(ぎっちょう)に興じる子供たちと見物衆の姿が生き生きと捉えられている。華やかさの中にも大和絵の風情を滲ませた、繊細優美な雰囲気を備えた佳品といえよう。とくに松林の表現には父・光信からの影響が顕著である。

重要文化財「住吉社頭図壁貼付(すみよししゃとうずかべはりつけ)」 貞信筆 京都国立博物館 ...

重要文化財「住吉社頭図壁貼付(すみよししゃとうずかべはりつけ)」 貞信筆 京都国立博物館 ...

重要文化財「住吉社頭図壁貼付(すみよししゃとうずかべはりつけ)」 貞信筆 京都国立博物館
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 スレ主| 発表 2015-3-7 19:53:08 | 全階表示
主要な画事すべてに参画、影の実力者/甚之丞(じんのじょう) [生年不詳-1626]

永徳の弟・宗秀の息子である。光信もしくはその弟子のもとで画を学び、光信没後は、後水尾天皇の御所をはじめ名古屋城や女御御所の障壁画制作など、慶長末から元和期の主要な画事には必ず参加した。しかも、名古屋城や女御御所の制作では、宗家・貞信に次ぐ狩野派ナンバー2の位置を占め、派内で重きを置かれていたのであった。だが、貞信の死後、若き探幽が実権を握ると、探幽より格式の低い画事制作に甘んじるなど、その後塵を拝することになった。まるで一枚岩のごとき堅固な流派体制を敷いていた狩野派だが、派内における絵師間の抗争は織烈だったと想像される。本図は、孝信筆の「牡丹図襖」などとともに後水尾天皇の御所の障壁画であったもので、寛永18年(1641)仁和寺に下賜された清涼殿か常御殿の障壁画の一部とみられる。特徴的な垂れ目の面貌描写に甚之丞の個性があらわである。

「唐人物図屏風(とうじんぶつずびょうぶ)」 甚之丞筆 京都・仁和寺

「唐人物図屏風(とうじんぶつずびょうぶ)」 甚之丞筆 京都・仁和寺

「唐人物図屏風(とうじんぶつずびょうぶ)」 甚之丞筆 京都・仁和寺
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 スレ主| 発表 2015-3-7 19:55:50 | 全階表示
江戸絵画の扉を開いた、早熟の天才/探幽(たんゆう) [1602-1674]

孝信の長男。11歳で徳川家康・秀忠父子に拝謁し、13歳の時には秀忠の前で絵を描き、「永徳の再来」と評されたという。20代には早くも狩野派の頂点に君臨した。本図は、徳川家光が改修した二条城二の丸御殿の障壁画。超ど級のスケールを誇る松の表現は桃山絵画の延長線上にあるが、一方で動きや荒々しさを抑え、粋を意識した構成は幕藩体制の安定を狙う徳川家の志向と合致する。絵画における江戸時代の到来を告げる作品である。この時、探幽25歳。

重要文化財「松(まつ)孔雀図壁貼付・襖(くじゃくずかべはりつけ・ふすま)」 探幽筆 京都・元離宮二条城事 ...

重要文化財「松(まつ)孔雀図壁貼付・襖(くじゃくずかべはりつけ・ふすま)」 探幽筆 京都・元離宮二条城事 ...

重要文化財「松(まつ)孔雀図壁貼付・襖(くじゃくずかべはりつけ・ふすま)」 探幽筆 京都・元離宮二条城事務所
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