「『美々4式』を再考する-縄文時代晩期初頭の土器群-展」北海道立埋蔵文化財センター

「『美々4式』を再考する-縄文時代晩期初頭の土器群-展」北海道立埋蔵文化財センター

名称:「『美々4式』を再考する-縄文時代晩期初頭の土器群-展」北海道立埋蔵文化財センター
会期:2023年12月2日(土)~2024年2月25日(日)(開催中)
会場 北海道立埋蔵文化財センター常設展示室
住所:〒069-0832北海道江別市西野幌685-1
TEL:011-386-3231
URL:北海道立埋蔵文化財センター

昭和51(1977)年に北海道教育委員会により調査された千歳市美々4遺跡、苫小牧市美沢1遺跡では、マウンドを伴う墳墓群およびその周辺から縄文時代晩期初頭の土器がまとまって出土しました。昭和57(1983)年、林謙作氏はこれらの資料をもとに大洞B式に併行する土器型式として「美々4式」を設定しました。「美々4式」は大洞系、類大洞系、非大洞系の3要素で構成され、後期末の御殿山式土器の系譜を引く非大洞系が中核をなすとされました。しかし、その後林謙作氏は「美々4式」を自ら撤回し、その経緯を明らかにせず亡くなってしまいました。「美々4式」は報告書に掲載された出土状況が不明瞭で、標式資料が一般に公開されなかったこともあり、長らく幻の土器型式とされてきました。1990年代後半から2000年代初めにかけて、苫小牧市柏原5遺跡、恵庭市西島松5遺跡、同カリンバ3遺跡、松前町東山Ⅰ遺跡などから当該期の土器が大量に出土し、これらの資料をもとに工藤肇氏、関根達人氏、福田正宏氏、佐藤剛氏らにより後期末葉~晩期初頭の土器編年が検討されるようになりました。
令和3(2021)年、北海道埋蔵文化財センターにより約4半世紀ぶりに美々4遺跡の調査が再開され、昭和51年調査範囲に接する北側でマウンドを伴う墳墓(盛土墓)の続きが検出されました。これによりマウンドの構造や遺物の層位的な出土状況などが明らかになり、かつて「美々4式」とされた晩期初頭の土器を再検討するためのデータが充実しつつあります。
今回は、千歳市美々4遺跡、苫小牧市美沢1遺跡より出土した「美々4式」の標式資料と、関連資料として当センターが調査した恵庭市西島松5遺跡の土壙墓より出土した当該期の土器を併せて展示し、晩期初頭の土器群について最新の知見をもとにした解説を行います。

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