「軍艦島と雑賀雄二 『死を生きる島』を撮り続けた写真家」呉市立美術館

「軍艦島と雑賀雄二 『死を生きる島』を撮り続けた写真家」呉市立美術館

名称:「軍艦島と雑賀雄二 『死を生きる島』を撮り続けた写真家」呉市立美術館
会期:2025年4月23日(水)〜2025年6月15日(日)
開館時間:10:00 〜 17:00
休館日:火曜日
   4月29日、5月6日は開館
   4月30日、5月7日は休館
入場料:一般 700円、大学生 500円、高校生以下 無料
会場:呉市立美術館
住所:〒737-0028広島県呉市幸町入船山公園内
TEL:0823-25-2007
URL:呉市立美術館

長崎市野母崎沖に位置する端島(はしま)は、その特異な姿から「軍艦島」の通称でよく知られています。島は明治時代から石炭採掘のために埋め立てを続け、多くの労働者やその家族が移住し、最盛期の1960年ごろには東京の都心部を上回る人口密度となりました。この小さな島には、日本初の鉄筋コンクリート造による高層アパートなどがひしめき、保育所、幼稚園、小・中学校や病院のほかマーケットや映画館、遊戯場などがあり、島民たちのにぎやかな生活が営まれていました。
このたびは、この軍艦島をテーマに写真を撮り続けた雑賀雄二(1951ー)による「1974軍艦島」「軍艦島ー棄てられた島の風景」「月の道ーBorderland」「GROUND」の4つのシリーズから約120点を展示いたします。雑賀は大学在学中から独学で写真を始め、長崎のキリシタンをテーマに撮影するためたびたび同地に滞在していました。少年時代に手にした百科事典をきっかけに強く惹かれていた軍艦島が閉山することを知った雑賀は、1974年1月に初めて島へ上陸し、無人となるまでの日々を3か月に渡って追いました。その後も繰り返し島に泊まり込み、廃墟となった建物や取り残された住民たちの生活用品、あるいは月明りに照らされた岸壁、島の地面などに目を向けました。風化によって変貌を続ける軍艦島を目の当たりにし、雑賀は「生」と「死」、そしてそのあわいを、独自の手法で写真に残しました。
近年の世界文化遺産登録で廃墟の島として注目を集める軍艦島。異端視されながら「死を生きる島」を撮り続け、「廃墟ブームの先駆者」と呼ばれるようになった雑賀の軌跡をご紹介いたします。

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