特別展「山崎隆夫 その行路 ―ある画家/広告制作者の独白」芦屋市立美術博物館

  • 2025/8/23
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山崎隆夫《花と影の静物》 1938年 油彩、カンヴァス 芦屋市立美術博物館蔵

名称:特別展「山崎隆夫 その行路 ―ある画家/広告制作者の独白」芦屋市立美術博物館
会期:2025年9月20日(土)〜11月17日(月)
会場:芦屋市立美術博物館
開館時間:10:00-17:00(入館は16:30まで)
料金:一般1,000(800)円、大高生700(560)円、中学生以下無料
   ※( )内は20名以上の団体料金
   ※ 高齢者(65歳以上)および身体障がい者手帳・精神障がい者保健福祉手帳・療育手帳をお持ちの方とその介護者の方は各当日料金の半額
休館日:月曜日(休日の場合は翌平日) (ただし10月13日(月・祝)、11月3日(月・祝)は開館、 10月14日(火)、11月4日(火)は休館)
住所:〒659-0052兵庫県芦屋市伊勢町12-25
TEL:0797-38-5432
URL:芦屋市立美術博物館

特別展「山崎隆夫 その行路 ―ある画家/広告制作者の独白」芦屋市立美術博物館
特別展「山崎隆夫 その行路 ―ある画家/広告制作者の独白」芦屋市立美術博物館

本展は、国画会を中心に活躍した洋画家でありながら、寿屋(現・サントリーホールディングス株式会社)などで広告の仕事にも手腕を発揮した、山崎隆夫(1905-1991)に焦点をあてる展覧会です。
大阪に生まれた山崎隆夫は幼少期より神戸に暮らし、画家を目指しつつも神戸高等商業学校(現・神戸大学)に入学します。在学中、後に版画家となる同窓の前田藤四郎、画家の井上覺造らと美術グループ・青猫社を結成し、同時に芦屋在住の洋画家・小出楢重に師事、阪神間モダニズムのただ中で洋画を学びます。卒業後は三和銀行に勤めながら、1931年に小出が没すると画家の林重義に学び、独立美術協会展や文展への出品を重ね、1943年に国画会会員となります。戦後は芦屋市美術協会の結成や現代美術懇談会(ゲンビ)などにも参加しながら洋画家として活躍しました。
そのようななか銀行員としての山崎は、彼の画壇での活躍に注目した頭取によって三和銀行の広報担当に抜擢されます。各銀行が広報を強化した戦後の時代、独自の美意識を軸に山崎は、菅井汲、吉原治良ら芸術家仲間やアルバイトに来ていた柳原良平によるイラスト、人気女優のポートレイトを採用して数々の広告を制作します。このような山崎の仕事は評判を呼び、1954年に山崎は寿屋専務・佐治敬三に招かれ、柳原を伴って寿屋へ入社、宣伝部長に就任しました。同年に入社していたコピーライターで作家の開高健のほか、アートディレクターの坂根進、写真家の杉木直也ら自ら集めた宣伝部メンバーを山崎は「ほん機嫌よう遊びなはれ」という掛け声のもとで率いて、トリスウイスキーの広告やPR誌『洋酒天国』の発行といった広告活動を展開しました。当時の日本人には馴染みの薄かった洋酒文化を、モダンな楽しみとして普及させようとする山崎の仕事が、寿屋独自の宣伝スタイルを築いていくのでした。1964年には株式会社サン・アドを創立し社長に就任。晩年は1962年に居を構えた神奈川県茅ヶ崎市にて、1991年に逝去するまで意欲的に絵画制作を続けました。
山崎の生誕120年の節目に開催する本展は、彼の仕事の全貌を「絵画」「広告」の双方向から展観する初の機会です。阪神間モダニズムから戦後へと至る、山崎が生きた時代背景を踏まえつつ彼の仕事を通観することで、絵画と広告という異なる領域で確かな実績を残しえた稀有な存在である山崎の思考と美意識に迫り、その功績を再検証する試みです。

山崎隆夫《楷書富士図(紅・白)》 1976年 油彩、カンヴァス 芦屋市立美術博物館蔵
山崎隆夫《楷書富士図(紅・白)》 1976年 油彩、カンヴァス 芦屋市立美術博物館蔵
山崎隆夫《山下雷電》1987年 油彩、板 茅ヶ崎市美術館蔵
山崎隆夫《山下雷電》1987年 油彩、板 茅ヶ崎市美術館蔵
トリスウイスキー広告「人間らしくやりたいナ」1961年 株式会社寿屋(絵:柳原良平、コピー:開高健)
トリスウイスキー広告「人間らしくやりたいナ」1961年 株式会社寿屋(絵:柳原良平、コピー:開高健)
トリスウイスキーのマスコット アンクルトリス(絵:柳原良平)
トリスウイスキーのマスコット アンクルトリス(絵:柳原良平)
『洋酒天国』第15号 洋酒天国社(株式会社寿屋) 1957年7月25日 (表紙:山崎隆夫)
『洋酒天国』第15号 洋酒天国社(株式会社寿屋) 1957年7月25日 (表紙:山崎隆夫)
サン・アド草創期の面々 1967年(「ある会合 月曜日の企画会」『サンデー毎日』1967年4月30日号、p.67より。
前列左:開高健、右:矢口純。中列左:山崎隆夫、右:坂根進。後列左:柳原良平、右:山口瞳)
サン・アド草創期の面々 1967年(「ある会合 月曜日の企画会」『サンデー毎日』1967年4月30日号、p.67より。 前列左:開高健、右:矢口純。中列左:山崎隆夫、右:坂根進。後列左:柳原良平、右:山口瞳)
山崎隆夫《大池寺刈込庭》1989年 油彩、カンヴァス、コラージュ 芦屋市立美術博物館蔵
山崎隆夫《大池寺刈込庭》1989年 油彩、カンヴァス、コラージュ 芦屋市立美術博物館蔵
山崎隆夫《卓上の電話》1937年 油彩、カンヴァス 芦屋市立美術博物館蔵
山崎隆夫《卓上の電話》1937年 油彩、カンヴァス 芦屋市立美術博物館蔵
山崎隆夫《卓上の弁証法》1957年 油彩、カンヴァス 芦屋市立美術博物館蔵
山崎隆夫《卓上の弁証法》1957年 油彩、カンヴァス 芦屋市立美術博物館蔵
山崎隆夫《花と影の静物》 1938年 油彩、カンヴァス 芦屋市立美術博物館蔵
山崎隆夫《花と影の静物》 1938年 油彩、カンヴァス 芦屋市立美術博物館蔵

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