芸工展2025「法隆寺金堂壁画複製印刷と丸井金猊*観音圖」丸井金猊ラボ∞谷中M類栖
- 2025/9/18
- 東京
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名称:芸工展2025「法隆寺金堂壁画複製印刷と丸井金猊*観音圖」丸井金猊ラボ∞谷中M類栖
会期:2025年10月4日(土)~2025年10月13日(月・祝)
※10月7(火)〜9日(木)は休場
会場:丸井金猊ラボ∞谷中M類栖/1f
時間:13:00~17:00
※最終日16:00まで
※17:00以降の時間も対応可。要事前連絡
観覧料:入場無料・予約不要
住所:〒110-0001 東京都台東区谷中1丁目6−3
URL:丸井金猊ラボ∞谷中M類栖

このたび開催する芸工展2025「法隆寺金堂壁画複製印刷と丸井金猊*観音圖」は、コロナ禍で限定公開となった「写と想像⇄創造」展(2020年)の再展示で、次の3つの柱から構成されます。
・法隆寺金堂壁画12壁コロタイプの複製プリント
・丸井金猊 屏風作品《観音圖》(百済観音像含む観音4体を引用) ・丸井金猊 軸作品《唐本御影写 聖徳太子二童子像・聖徳太子二童子像》(伝世舎が修復) 「写と想像⇄創造」展は、東京国立博物館特別展「法隆寺金堂壁画と百済観音」(2020年コロナ禍で中止)へのオマージュとして企画したものでした。金堂壁画コロタイプの複製プリント(データ提供:宝塚市立中央図書館)と、丸井金猊が法隆寺の百済観音像を描いた屏風『観音圖』を、なるべく法隆寺金堂内と同じ方位に配置いたしました。金堂壁画の複製は12壁をすべて、特に6号壁は実寸サイズで展示したものです。
コロナ禍では、予約制の時間制限を設けた限定的な場としてしか開催できなかった空間を、今年はフルオープンで公開予定です。展示内容は前回と同じですが、金猊が東京美術学校入学前に描いた肖像作品『唐本御影写 聖徳太子二童子像』『聖徳太子二童子像』の二点を、かつて「修復のお仕事展」で芸工展に参加していた伝世舎に修復依頼し、新たにリニューアルした形で展示する予定です。
また、本展は来年に向けて準備中の、谷中M類栖としては初めての試みとなる二人の画家を招聘しての新作展示による企画展、芸工展2026「観音圖■相澤哲也▲溝口泰信●丸井金猊」のプロローグとして、その序説ないし前説取説のような場にもなればと考えています。
来年企画で考察テーマとなる金猊『観音圖*』で引用された四観音(法隆寺百済観音と救世観音、法華寺と聖林寺の十一面観音)に関して、来場者との対話からも絵解きに繫がる新たな発見や何らかのきっかけが生まれることを期待して、今年の企画を開催します。

アスタリスクは、作品タイトル不明で遺族が付けた仮タイトルを意味します
◆ 丸井金猊(まるいきんげい)プロフィール
1909(明治42)年、愛知県葉栗郡北方村(現在の一宮市)出身、戦後は東京都三鷹市在住。1933(昭和8)年、東京美術学校(現・東京藝術大学)日本画科卒(同期には川本末雄、杉山寧が在籍)。古今東西の文明・文化に幅広く題材を求め、それらを精妙かつ鮮麗雄大にリミックスさせる画風で画壇に切り込もうとしたが、戦時色の見え始めた1938(昭和13)年28歳で描いた屏風『壁畫に集ふ』を最後に理由不明ながら画業からは離れていく。以降、埼玉県立浦和第一高等女学校、神奈川県立神奈川工業高等学校工芸図案科教諭として後進のデザイン教育に尽力。定年退職後の晩年、再び画筆を執り始めるも1979(昭和54)年病歿。享年69歳。
歿後、遺族による主催で「丸井金猊とその周辺の人たち」展(三鷹市美術ギャラリー 1997年)、故郷の愛知県一宮市で特別展「いまあざやかに 丸井金猊展」(一宮市博物館 2008年)が開催され、毎年10月には芸工展(東京・谷中)での展示活動が続けられている。2015年には小学館発行『日本美術全集』第18巻「戦争と美術」に『壁畫に集ふ』が掲載された。















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