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羅哲文 2007.02.26更新

羅哲文

【和:らてつぶん
【中:luo zhe wen
研究者  >羅哲文

 ――長城の保護と補修に奔走する文物専門家羅哲文氏 
羅哲文氏の家に入ると、その夥しい蔵書にびっくりする。玄関から部屋に通じる廊下は、人よりも高い本の山に半分を占められている。残されたスペースは一人が体を斜めにしてやっと通れるほどだ。部屋の半分は、本の山、写真、本棚がところ狭しと並んでおり、ベランダにあるエアコンの排風装置も本に塞がれている。エアコンは使えない。80歳を過ぎた羅氏は、「古代建築は、たいへんな価値があります。わたしが研究している長城はそのなかのごく一部に過ぎません。わたしはまだ多くのことをやらなければなりません」言った。 
 名高い建築家である梁思成について学んだ時、製図用具の使用法から、鉛筆の削り方、消しゴムの使い方など細かいことまで、先生はひとつひとつ丁寧に教えてくれたことを、羅氏は今でもはっきりと覚えている。羅氏はきちんとした訓練を受け、厳密に学問を研究するように躾けられた。羅哲文氏にとって、見識と先見のある学者である梁先生は、非常に勤勉で誠実な学問上の父でもある。そして、学問上の母、つまり恩師の奥さんである林徽因先生からいただいた『清式営造則例』を60年間にわたって読んできた。
 長城の補修について、梁思成は3つのことを強調した。まず、長城の補修はその古さを保存すること。次に、長城に設ける休憩場所は、自然に基づき芸術性を考えなければならないこと。最後に、長城の両側に景色を遮る高い木を植えないことだ。 羅氏はこの3つの意見を深く心に銘記しており、そして一つ一つ実施に努めてきた。現代のもっとも名高い長城専門家として、氏がかかわった各地の長城には古めかしさが留められ、名実ともに「世界文化遺産」である。 
春秋時代の斉国(BC1122-BC379)に建造された長城は、「中国長城の父」、「世界長城の最高」と称えられ、斉魯文化発展の主な実証となる。紀元前6世紀から紀元前5世紀にかけて建造された斎長城は、斉国が楚国、趙国などの侵入を防ぐために築き上げたものだ。秦の長城よりも490年早かった。
 1948年、羅哲文氏は調査のために、初めて長城を見た。「長城は実に偉大そのものです」羅氏は、手振りをしながら「わたしが行ったのは、八達嶺長城でした。戦争中だったから、そこは一面の廃墟でした。しかし、長城は、依然として雄大で、ぼう大な勢いが残されていました。その時、文物を研究するには、必ず現場に行かなければいけないと痛感しました。長城に行かなければ、永遠に長城の問題を会得できません」と語った。その時から、氏は数百回にわたって、長城に登り、自ら検査、修理、測量、撮影をしてきた。
 長城補修の仕事は、危険に満ちている。羅氏の印象にもっとも深く残る、一番危険な経験は、50歳を過ぎた頃、北京延河城黄草梁で調査した時のことだった。山が高いため、同行した人々は、年をとった氏を車に乗せたのだが、山道は狭く険しかったため、車の車輪が道を外れてしまい、車体が空中に懸 けられた状態になった。当時氏は何も知らなかったが、車外にいた人々は肝を冷やしたという。
80を過ぎた今でも、羅氏はよく長城に行っている。「登ったり、降りたりして面白いですよ」とにっこりした。 出所:「人民中国」

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