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山塘 2007.02.26更新

山塘

【和:さんとう
【中:shan tang
明・清  >山塘

 北京の頤和園は中国古代皇帝の夏の離宮だった。1998年、世界文化遺産に登録された。頤和園に「蘇州街」という通りがある。通りというより水の小町という方がふさわしいが、その名前は、中国南方の長江デルタ地帯にある蘇州の山塘街に由来する。山塘街の風物の特徴は小橋と流水で、すでに1100年の歴史がある。この街に立つと、中国南方の水郷の脈動する息づかいと味わい深い文化の息吹きが頬をうつ。こうした特徴が清朝の皇帝たちの目にとまった。乾隆皇帝は、実母の鈕祜禄氏皇太后の70歳の誕生祝いに、山塘街を真似て圓明園に蘇州街をつくった。1860年、圓明園は侵入した英仏など八カ国連合軍に破壊され廃墟となったが、20年後、当時、紫禁城を統治していた慈禧太后が、今度は頤和園に蘇州街をつくった。それは蘇州の山塘街の、人を驚嘆させずにおかない永遠の魅力を物語るものだ。 歴史が自身の軌跡にそって発展し、山塘街に深い関わりを持つ帝王も歴史とともにすでに世を去ったが、1100年の歴史がある蘇州の山塘街は、かえって新しい光彩を放った。 1100年前、唐の大詩人•白居易は皇帝に蘇州の刺史に任じられた。白居易は虎丘付近の川に土砂がたまり水路がふさがるのを見て、虎丘を取り囲む川の通路を開くことを決め、山塘河の開発に着手した。東は閶門渡僧橋付近から西は虎丘望山橋に至る、長さ7里ほどの川だ。俗に「七里の山塘が虎丘に至る」というが、川にそって堤を築き、山塘街をつくった。 蘇州の山塘河岸で休憩の観光客。  蘇州は水郷の街で川や橋が多い。蘇州のその典型的な特徴をもっとも多く備えたのが山塘街だ。街の中央に山塘河、川の北側に近接して山塘街があり、石橋の一つ一つがほかの街道に通じ、ずらりと並んだ店舗と住宅の、家屋の多くは前門が街に向かい後門が川に臨む。特殊な「過街楼」(高々と建てられ通りをまたぐ住宅)もある。山塘街は典型な水の小町で、春には、川を新茶や桐油などの貨物を載せた船が往来する。秋には、船に載せたひしの実や河蟹がここを通って各地へ運ばれていく。近年は観光地として開発され、新しく綺麗に飾り立てた画舫(遊覧船)がもやい、小舟が櫓を漕いでその間を行き来する。川に臨む家屋には川に降りる石の階段がある。行商人は小舟を漕いで川の上で商売をし、柴•米•油•塩•みそ•酢とスナックなど日用品を売る。楼上の住人は下に下りずに買い物ができる。楼上の窓からロープに結んだかごを吊り下げ、 食べ物を入れてもらって、上に引き上げる。 山塘は蘇州古城とともに、破壊されたり、修復されたり、盛衰を繰り返したが、明朝中期に再び興隆した。300年あまり前の清代には、すでに商人や遊山の客が集まって賑わった。祝日には特に贅沢三昧の賑わいとなったが、貴族の子弟たちは庶民の財産数軒分を一晩で散財した。その豪奢な賑わいが北方に住む皇帝の注意を引きつけたのももっともだ。 一千年の文化の蓄積が、この古城に並とは異なる景観をつくった。ここには園林と名園、祠と会館、寺院と工房、古い橋などが集中し、その密集度は中国随一だ。 統計によると、山塘には各級の文物保護部門があり、保護対象の古建築が24ヵ所、古い牌坊、古い橋、会館、祠などの旧跡30を有する。古建築は百歩おきに1ヵ所あり、散在する老舗、古木、古い井戸、宅地の境界碑と旧家の玄関や壁などの遺跡まで挙げると、到底数え切れない。山塘街はまさに蘇州の歴史文化の生き生きとした回廊だ。 2002年6月、蘇州歴史街区の保護修復工事が始まった。一千年の歴史がある山塘の歴史街区に「東方の水の都」の趣を取り戻す修復工事後の山塘は新しい魅力を見せている。2004年7月、蘇州で開かれた第28回世界遺産会議に出席した、ベルント•ドロステ世界遺産センター主任と国際古跡遺跡理事会の専門家は、会議の隙間を縫って興味津津、山塘の歴史保護区を視察した。 ドロステ主任一行は蘇州市長に伴われて山塘街に赴いた。古い遺跡が無くなるかもしれないというかつての心配が杞憂に終ったことを、直接自分の目で確かめたいと望んだのだ。専門家たちは古い町並と遺跡の風が真正面から吹きつけるのを実感した。高く羽を伸ばした檐、まだら模様の邸宅の壁、古朴な石畳、玉函堂の門のレンガ彫刻などの古跡を見て、「まるで歴史博物館のようですね」と、国際古跡遺跡理事会主席のペゼト博士はしきりにうなずきながら語った。 国際古跡遺跡理事会(ICOMOS)は世界遺産登録申請の重要な諮問機関で、その答申は世界遺産委員会の重要な参考意見となる。山塘街修復に、できるだけ伝統的な材料を使用し、伝統的な職人を起用し、地上の石畳にも古い歴史があると聞いて、「これらの古い建築はもう無くなったと思っていましたが、このように完璧に保護されていたとは、思いがけないことでした。十分満足しました」と、ペゼト博士は驚きを隠さず、感嘆の声をあげた。 山塘街にそって行くと、歴史の長い文化を反映した水郷風情が現われ、古跡の本来の姿を忠実に修復する構想がすでに実行された様子が浮かぶ。石芸斎の精微な石像彫刻、徳芸軒の紫檀の木彫り、呉拓斎の拓本、江南の古代衣裳店など、さまざまの南方文化の特徴を具えた店舗は目も眩むばかりだ。 疲れたら、山塘河岸辺の藤製の椅子に坐って一休みして、お茶やコーヒーを注文するといい。お酒が好きなら、酒の幟が立っている紹興会館に行くといい。霧雨が煙る日に、悠々と走る遊覧船の中で独り山塘の両岸の景色を観賞すれば、心ゆくまで満足できる。 客たちは遊びに熱中するあまり、帰るのを忘れてしまう。「歴史保護街区の、古建築を利用して伝統的な手工芸を展示すれば、両者は補い合ってますます引立ちますね」と、ペゼト博士。 ベルント•ドロステも、こう言う。「文化遺産は一旦消えてしまうと、再現するのが難しい。蘇州山塘街の修復は文化遺産保護の良い例です」 数ヵ月後、中国系アメリカ人、ノーベル物理学賞の受賞者•李政道氏が再び山塘街を訪れ、感慨深く語った。 「パラダイスとはどんなものか分かりませんが、山塘街のように美しい所なら、どんなにいいか、と思いますよ」 出所:

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