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富河文化 2007.02.26更新

富河文化

【和:とみかわぶんか
【中:fu he wen hua
新石器時代>富河文化

  ジョウタ盟北部のウルジムレン河の考古学的調査(「昭烏達盟巴林左旗細石器文化遺」『考古学報』1959-2)を基礎とする「細石器文化」の研究をさらに進め、総称としての「細石器文化」を異なる考古学上の文化に区分するために、1960年と61年に考古学的な調査と試掘を実施して、若干の文化層の堆積を発見しました。これらの細石器を包含する遺址の様相には、紅山文化と類似するものも異なるものもあり、それらの性格、特徴、内容を把握するために、1962年にその中の富河溝門、金亀山および南楊家営子の3遺址を選んで発掘を実施しました(「内蒙古巴林左旗富河溝門遺址発掘簡報」『考古』1964-1)。
 発掘の結果、富河溝門の遺存は土器、石器、骨器のいずれの面でも独自の特徴があり、この地域に分布する紅山文化とは明らかに異なることが判明しました。そこで、最初に発掘した遺址の名前を取って富河文化と仮称することにしました。その分布範囲はウルジムレン河流域に分布が密で、西喇木倫(シラムレン)河およびその北のジョウタ盟、ジュリム盟内のいずれからも発見されています(「昭烏達盟巴林左旗細石器文化遺」『考古学報』1959-2・「内蒙古巴林左旗富河溝門遺址発掘簡報」『考古』1964-1・「内蒙古自治区発現的細石器文化遺址」『考古学報』1957-1・「内蒙林西考古調査」『考古学報』1960-1)が、シラムレン河以南の両盟からはまだ発見されていません。
 富河文化の土器はすべて夾砂陶で、胎土はもろく焼成温度は低温です。土器の表面の色は褐色で、特に黄褐色が多く灰褐色がこれに次ぎます。土器の表面には、文様の有無を問わず、すべて磨きが施されています。主要な文様は押圧文で、最も多いのは横「之」字形櫛目文で、富河溝門遺跡の全土器片の5分の1を占めます。これに次ぐのが「之」字形線文(弧線文ともいう)ですが、数は少なく、縦横の区別があります。これに次ぐのが細長い貼付文で広口筒形罐の口縁部に施されています。このほかに箆描き文があり、少量の網代底があります。製法はすべて手製で、多くは紐づくりで、小さなものは手捏ねである。主要な器種は広口筒形罐で、ほかに鉢(碗)、杯および斜口罐などがあります。広口筒形罐の特徴は、広口・長胴で壁が比較的直線的で、口径と底径の比率が紅山文化の広口深腹罐のように大きくありません。
 富河文化の年代については、南楊家営子で富河文化の包含層が紅山文化の住居址を覆っているのが発見され、この地域で富河文化が紅山文化より新しいことが確定しました。富河文化の絶対年代は今のところ年代の測定値一つだけですが、標本は富河溝門遺址の第2期に属する30号住居址(H30)から得られた白樺の皮で、4735±110年、年輪補正年代は5300±145年です。
 富河文化の先住民は占トの習俗がありますが、シカ類動物の肩甲骨を用い灼くだけで鑽鑿を施していません。これは中国の占トの習俗を示すものとしては最も古いものです。
 富河文化と紅山文化はシラムレン河以北で分布が重なる地域があり、巴林左旗南楊家営子では層位的に紅山文化より遅れることが判明し、両者の新旧関係は明らかとなっています。同時に、両者とも細石器、夾砂大口罐を伴い、土器の文様として富河文化で大量に用いられる「之」字形櫛目文が紅山文化の土器でも用いられ、また紅山文化で大量に用いられる「之」字形線文が富河文化で少量用いられることなど、類似する点があるばかりでなく、当然それらの文様は形態の上でもおのおのの特徴を備えています。これらの両好の類似から両者が関連するとみるのは当然です。しかし、この関連が両者の継承関係を反映するのかどうかは今後の研究を待たねばなりません(「遼河流域新石器時代的考古発現与認識」『中国考古学会第一次年会論文集』1980 文物出版社)。出所:小林松篁

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