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臨潼姜寨遺址 2007.02.26更新

臨潼姜寨遺址

【和:りんとうしょうさいいせき
【中:lin tong jiang zhai yi zhi
新石器時代>臨潼姜寨遺址

  臨潼姜寨遺址は、陝西省臨潼の姜寨から、半坡類型(B.C.4675)と史家類型(B.C.3690)の遺存が発見されました。200m×150mばかりの楕円形の村落で、周囲に幅2〜3m、深さ2〜2.5mの濠を切り、半地下式の竪穴式住居の環濠集落(半坡博物館・陝西省考古研究所等『姜寨』1988 文物出版社・『宝鶏北首嶺』)です。
 壁は、木の芯に壁土を塗り、それが乾かないうちに棒や指を使って幾何学紋を刻しました。猪などの家畜は、発掘された骨で判定できるものは1〜2歳のものが多く見られます。 村の真ん中に、豚を追い込んでおく囲いと考えられる遺跡も発見されました。
 土器の弾丸も出土しました。二つに折って長さ数10pになる太い紐を編み、真中に弾丸を承ける凹みのある幅広い部分を作っておきます。ここに弾丸を挟んで折り曲げ、一方の端はあらかじめ作ってある環を親指に通し、一方の端は他の指で握って腕ごと振り回し、勢いのついたところで指を放すと紐は残って弾丸は飛んでゆく、という道具です。鳥や小動物を捕るのに使った(『史前研究』1984-2)とされます。
 貯蔵用の竪穴からタニシの殻・魚の骨が大量に発見され、塩辛のようなものにして保存(『姜寨』)したと考えられます。
 土器作りでは、一人くらいしか作業できない大きさの小屋が発見され、専門化されていた(『姜寨』)ことが解ります。直径2m強の円い竪穴が発見され、北半分は少し高くなって焼いていない土器の置き場になり、南の壁際には粘土が一塊置かれていました。
 頭上に尖った帽子のようなものを着け、口の両側に鬚のようなものがあり、顔の両側から魚がつついているような図柄(「二十説の紹介と批評」『文博』1990-4)の彩文の人頭も出土しました。
 墓には、1つの墓に1人を葬る方法と、一度埋めて肉を腐らせ後、骨を掘り出して、主要な骨をそろえて埋葬し直す二次葬(改葬)がありました。二次葬の場合、単独で埋められる場合と、何人かをまとめて一つの穴に埋めるケースも見つかり、共同墓地かと思われます。夏ワ氏の説では、亡骸を特定の場所に置き、肉体を朽ちらせてから骨を集め、再び埋葬し直します。肉体や血が現世のものであるとされることから、これらをすべて消し去って、はじめて正式の葬儀を行います。こうすることで、魂は地上に未練を残すことなく、あの世に旅立つといいます。
 墓の副葬品の中に、赤鉄礦の小塊とそれを磨りつぶすのめの石皿・石棒、コップ形の土器が見つかり、彩文を描く道具すなわち筆洗でないかとして、原始画家(『姜寨』)の出現を思わせます。
 また、骨製の針が出土し、衣服の縫製が行われていました。紡錘車も見つかり、糸が作られ、織物が織られていました。
 楽器は、甕形の土器で口縁の近くに複数の突起を付けたものが見つかり、太鼓の胴ではないかと言われています。口に張った皮の縁に縄を通し、口縁の周囲の突起に掛けて引き、皮をピンと張った(『考古学報』1991-2・『中原文物』1991-2・『華夏考古』1993-1)と思われます。
 また、7音階が出せるオカリナ(『文物』1978-10・『姜寨』)、中に玉が入っている土器のガラガラ、上から見ると平たく、横から見ると梯形の土器の鈴が見つかりました。こら鈴はB.C.2000頃に銅で作られた鈴と同形(『中原文物』1991-2)です。
 刻画符号(『文物』1975-8・『考古』1973-3・『姜寨』)も見つかり、王志俊氏の統計では、 129件38種(王志俊「関中地区仰韶文化刻画符号綜述」『考古与文物』1980-3)とあります。 出所:小林松篁

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