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李家山古墓群 2007.03.20更新

李家山古墓群

【和:りかさんこぼうぐん
【中:Li jia shan gu mu qun
春秋戦国>李家山古墓群

   雲南省江川県李家村。1920年代のはじめまで、この知らざれる小さな山村の農民はほかの村の農民と同じように、日の出とともに働き、日没とともに家に戻るといった日々を送っていた。違ったところがあると言えば、雨が止んだ後、偶然に雨水によって洗い流された地面から現れた青銅器や玉器などを拾うことができるくらいであろう。 
1950年代の「大躍進」時代、幾つかの「ガラクタ」を抱えた骨董商人が、昆明で「ガラクタ」の鑑定を依頼した。雲南省博物館は、緑青に覆われたその「ガラクタ」の表面にある民族色に富んだ紋様を見て、中原地域の商周時代の青銅器でないと考え、その出所を調査することにした。その結果、晋寧県石寨山(江川県李家山北50km)こそが、この「ガラクタ」の出土地点であることが判明する。
1955年から今日までの40数年間、当地の関係部門は晋寧県石寨山、江川県李家山、官渡羊角頭など30ヵ所の遺跡に対して、組織的な発掘と研究活動を進めてきた。歴史の塵に封じられた古代文明が、ついに豊富な考古学的発掘資料によって明らかにされ、1000年余りの歴史を持つ古?王国が人々の前に姿を現した。
雲南地方は中原地域の漢民族の人々の目に「不毛の僻地」として映った。しかし、豊富な考古学的発掘資料は、滇池を中心とする地域には、かつて青銅器文化がかなり発達した王国が存在したことを証明している。
2000年余り前、次第に勢力を強めた古代中国の越族の一支系が?池を中心に、今日の昆明市の全域、曲靖と玉渓の大部分、紅河州、楚雄州と文山州の一部を含む雲南中・東部地域を領有して、越族を主体とする古滇国(滇は雲南省の別称)を形成した。考古学的資料が証明しているように、古?国は戦国(前475―前221)から西漢初期(前206―紀元24)にかけて最盛期を迎え、西漢の中期からは衰退を始め、西漢末期から東漢(西暦25―220)初期に中原王朝の郡県制に組み入れられ、次第に消滅していった。存続期間はおよそ500年。古?国の輝かしい青銅器文化はこの時代に、越の人々によって築かれたものである。
中国の考古学の専門家は、李家山の古墓群に潜む「青銅の王国」は古滇国文明の宝庫であり、古?王国の謎を解明するカギであると認めている。
青銅器は古滇文化を最も忠実的に反映する遺物である。現在までに、雲南各地で出土した青銅器はすでに90種、1万点以上を数えている。中原地域の青銅器と完全に異なった造型、紋様。種類としては各種貯蔵用の器、銅太鼓、装飾品などが多く、銅の鋳型に刻され、鋳られたさまざまな人物や動物の像、特に青銅器の上に描かれた労作、放牧、狩猟、紡績、戦争、祭祀、舞踏などの場面は、古滇文化の特徴を生き生きと伝えている。
古代の?地域で何故、青銅器文化がこんなにも発達したのか?滇から種類も豊富な青銅器が大量に出土していることが、何を意味するのか?
雲南は昔から各種非鉄金属を盛んに産出した地域である。銅と錫の大量採掘と製錬は古代の?の青銅器文化の発展に必要な物質的条件を提供した。
専門家たちはこう考えている。古滇国民族は中原の礼儀と道徳の影響を余り受けなかったため、青銅器文化に反映された芸術的発想も、表現の手法も、より開放的で創造性に富んでいる。器物の種類から言えば、中原地域の青銅器は兵器や礼楽器が圧倒的に多いのに対し、古滇国では銅傘、銅枕、紡績道具一式、文房具、家屋、舞台、兵器の中の「生物工学」兵器や銅鎧、銅矢など、生産道具や生活道具から兵器や楽器、装飾品に至るまで、すべて青銅製である。古滇国の青銅器に施された装飾紋様や図案の多くは、大自然の中の動植物図案と日常の生活活動が多く、芸術的誇張は余り見られない。装飾題材の動物図案はよく使われているものだけでも40種以上を数え、虎やヒョウなど大型の動物だけでなく、蜜蜂や甲虫のような小さなものもあり、いずれも細密に描かれ真に迫っている。 
歴史的条件と特殊な地理的位置により、雲南では昔から多民族とその多様な文化が共存していた。さまざまな地域の民族文化の精華を吸収して形成された古?国の青銅器文化が、豊富な表現形式と豊かな内容を持つようになったのも当然のことであろう。例えば銅樽、靴形銅斧などは東南アジア青銅文化から影響を受けた可能性があり、馬の飾り物は北方の草原文化と密接な関係がある。また、兵器の中の銅矛などは中原地区のそれに照らして作られたもので、銅鎧などからは中央アジアや西アジア文化との関係も窺える。
「貯貝器」と「扣器」は古?国特有の青銅器である。「貯貝器」とは貝幣の保管に用いた道具で、祭祀、舞踏、牛の屠殺などの図案があり、複雑で盛大な祭祀は中原地区のそれと完全に異なっている。「扣器」のほとんどは帯の飾り物として用いられるほか、棺やその他の木器の飾り物として用いられることもあり、形は円形のものや長方形のもの、不定形のものもある。古?国の兵器の造型も中原地区のそれと全く違っており、遊牧文化と農耕文化とが共存する社会を生き生きと描いている。
中国国家博物館の専門家は正直にこう述べている。古?国に対する学術界の研究は半世紀にわたって続けられているが、この優れた青銅器文化がどのようにして生まれ、発展して消え去ったのかは、今も完全に解明されたわけではない。古滇国の制度、王権、社会の形態はどんなものであったのか?その王城は一体どこにあるのか?その領土の範囲もまだ確定されてはいない。古滇国の謎について、徹底的な解明が待たれる。 

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