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秦始皇陵兵馬俑坑 2007年10月13日(土)更新

秦始皇陵兵馬俑坑

【和:しんしこうりょうへいばようこう
【中:Qin shi huang ling bing ma yong ken
秦・漢・三国|建造物・遺跡・墓>秦始皇陵兵馬俑坑

 奏始皇陵(秦の始皇帝の墓)は、陝西省西安市臨潼区にあり、驪山と呼ばれる山の北麓に位置する。墳丘はほぼ四角錐で、東西345m、南北350m、高さ52.5mである。墳丘の周囲には、土を積み上げて造った城壁が二重に巡っていた。外側の城壁は東西940m、南北2165mで、城壁の幅は6〜7mもあった。城壁の中には多くの建物が建てられ、始皇帝の祭祀が行われていた。始皇帝は生前から自分の墓の工事を進めていた。始皇帝は前210年7月に死去し、9月に葬られたと伝えられている。
 1974年、この墳丘の東約1.5kmのところに、地下に等身大の土製素焼きの武士や馬が大量に埋められていることが明らかになった。兵馬俑を埋めた坑は、1号坑から3号坑まで3か所ある。1号坑は、東西210m、南北60mもあり、歩兵と戦車からなる軍団であった。まだ発掘が終了していないが、兵馬俑の総数は6300体余りに達すると推定されている。2号坑は東西96m、南北84mである。歩兵、騎馬隊、戦車隊からなり、兵馬俑1411体、戦車89輌と伝えられている。3号坑は東西17.6m、南北21.4mで戦車1輌と歩兵からなる。72体の兵馬俑が出土した。秦始皇陵の周囲には、始皇帝の死後の生活のため、地下にさまざまな施設が造られていた。兵馬俑は死後の始皇帝を守る地下の軍団であった。 出所:「中国国宝展」

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