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龍興寺 2007年10月16日(火)更新

龍興寺

【和:りゅうこうじ
【中:Long xing si
建造物・遺跡・墓>龍興寺

 1996年、山東省青州市、かつての青州城西門の南にある龍興寺址より大量の仏像が出土した。仏像は、寺址の中軸線上、大殿址の後ろの大きな穴(東西87m、南北68m、地表よりの深さ3.5m)の中に納められていた。如来、菩薩、羅漢、供養者、半跏像などがあり、その数は約400点にのぼる。発見当時、仏像は種類別に分けられ、穴の中で3層に積み重ねられていた。材質はやや青味を帯びた石灰岩が多いが、それ以外に白大理石(白玉)、花崗岩、鉄、木、泥、陶製のものも見つかっている。大きさは3mを超えるものから50cmほどまでとさまざまである。ほとんどの仏像は破壊を受け、幾片かに分割されていたが、彩色や金箔はよく残り、また、古い時代の修理の痕もみられる。
この寺は、南朝の宋の頃より仏堂という名でその存在が知られており、以後、南陽(北斉)、長楽もしくは道像(隋)、大雲(唐)と寺名を替え、唐の開元年間(713〜742)に龍興寺となった。出土した仏像のうち、もっとも古い紀年銘を持つものは北魏・永安2年(529)、新しいのは北宋・天聖4年(1026)である。埋蔵時期は、仏像と一緒に出土した貨幣から北米の崇寧年間(1102〜1107)以後と推定され、北宋、金の頃(11〜12世紀)に寺も廃れたと考えられてぃる。寺院の規模を遙かに上回る数の像が出土していることから、青州の他の寺からも仏像が集められて一時にここへ埋められた可能性も考えられる。
かつての寺域には、現在青州市博物館が建てられている。 出所:「中国国宝展」

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