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青卞隠居図 2007年12月07日(金)更新

青卞隠居図

【和:せいべんいんきょず
【中:Qing bian yin ju tu
宋・遼・金・元|彫刻・書画>青卞隠居図

王蒙筆
紙本墨画
縦140.6 横42.2
元・至正二十六年(1266)
上海博物館
 王蒙は字を叔明といい黄鶴山樵、香光居士などと号した。元の至大元年(1308)に呉興(湖州、浙江省)に生まれた。元初を代表する文人である趙孟頫の外孫であり、父の王国器は元末四大家の中の黄公望や倪瓚をはじめとする多くの文人と交友があった。王蒙も名門の子弟としての教育をうけ詩文書画をよくし、倪瓚をはじめ玉山草堂の雅集で知られる顧徳輝などの多くの文人と往来があった。また禅僧との交友も知られており晩年は禅にも関心を示したといわれる。元末に官についたといわれるが、あるいは蘇州に拠った張士誠の幕下にあったようで、また、乱を避けて仁和(浙江省)の黄鶴山に隠棲したという。元朝が滅び明朝が興った洪武初年(1386頃)に再び仕官し、泰安(山束省)の知州となったが、洪武十八年(1385)の胡維庸の獄に連座して投獄され、その年の九月九日、獄中で歿した。享年七十八才。黄公望、呉鎮、倪瓚とともに「元末四大家」として明時代以降の文人に重んじられた。
青卞隠居図は王蒙の代表作品として夙に知られるもので、至正二十六年(1366)、王蒙五十九才の作である。龍蛇のごとく上方へ積み上げられる山壑の構成は極めて雄偉であり、複雑に変化する筆法と濃淡の水墨を駆使した執拗な表現は極めて奇想にみちた山水画を成立させている。この青卞隠居図は王蒙画の特質を最もよく示すものといえ倪瓚とは極めて対照的な山水画風を示している。図上に王蒙の「至正二十六年四月黄鶴山人王叔明□画青卞隠居図」の款記と「浄因庵主」の朱文方印がある。辺幅に董其昌の「天下第一王叔明画」の題、金粟山蔵経紙の詩塘には董其昌の題賛、本紙に明末の項元汴、清の梁清標、安岐などの鑑蔵印、乾隆帝の御識と乾隆内府の鑑蔵印がある。また、辺幅下方には清末の陳宝琛、金城、羅振玉、葉恭倬、呉湖帆などの観款がある。項元汴、董其昌、梁清標、安岐、清乾隆内府、魏停雲の旧蔵品であった。出所:「上海博物館展」

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