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仿大癡山水図 2007年12月08日(土)更新

仿大癡山水図

【和:ほうだいちさんすいず
【中:Fang da chi shan shui tu
明・清|彫刻・書画>仿大癡山水図

沈周筆
紙本墨画淡彩
縦115.5 横48.5
明・弘治七年(1494)
沈同樾氏等寄贈
上海博物館
 沈周は字を啓南といい石田と号した。五十八才以後は白石翁とも号した。明の宣徳二年(1427)、長洲(江蘇省蘇州)相城里の名門の家に生れた。曽祖父沈良琛は元末四大家の一人である王蒙と交友したこともあり、祖父の沈澄、父の沈恒吉、叔父の沈貞吉も詩書画をよくし、沈家には代々多くの文人が往来した。沈周も幼少より詩書画をよくし、詩は白居易、蘇拭、陸游を、書は黄庭堅を学び、また、画は父の沈恒吉、杜瓊、劉珏などに師事した。沈周は徴税を務めとする糧長に任じられたが、仕官することなく文芸を楽しみ、市隠といわれる隠逸の生涯を送り、正徳四年(1509)、八十三才で歿した。呉寛、祝允明、都穆、朱存理、文徴明など多くの文人と交友し、蘇州の芸苑の中心人物として重きをなした。国家としては明末に呉派の祖として尊嵩された。沈周の画は、はじめ文人余技としての小品を専らにしたが、四十才以降は大作も画くようになったという。山水画、花卉雑画をよくしたが、山水画は董源、巨然を学び、さらに元末四大家の黄公望、呉鎮を師法して自己の画風を確立したという。
仿大癡山水図は、弘治七年(1494)、沈周六十八才の作である。一人の騎驢の人物が琴を持つ従者とともに渓橋を渡って山間の書院にむかっており、また、遥か彼方の江水には漁夫の舟が泛んでいる。大きな山水の中に人事がさりげなく表現されている。図上には、「弘治甲寅秋八月、沈周臨大癡道人筆意」の款識と「沈氏啓南」朱文方印、「白石翁」白文方印の二印がある。本図は、大癡道人(黄公望)の筆意に倣ったものであるが、沈周と黄公望については、とりわけ沈周が水墨山水画のすぐれた作品として著名な黄公望の富春山居図巻(台北、国立故宮博物院蔵)を所蔵していたことで知られる。富春山居図巻の筆と墨の表現は沈周画に大きな影響を与えたといえ、沈周は富春山居図巻を通して黄公望を理解したと思われる。本図が果たして黄公望の筆意を真にどれだけ示すものかは判然としないが、その筆墨には沈周固有の骨気と清勁さ蒼潤さがみられる。顧氏過雲楼旧蔵品。出所:「上海博物館展」

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