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黄山四景図「湯源嶺」 2007年12月11日(火)更新

黄山四景図「湯源嶺」

【和:こうざんしけいず
【中:Huang shan si jing tu
明・清|彫刻・書画>黄山四景図「湯源嶺」

戴本孝筆
紙本墨画淡彩
各図とも 縦188.8 横54.4
清・十七世紀
上海博物館
 戴本孝は幼名を戊、又の名を殷礼といい、字を務海といった。号は鷹阿山樵など。明の天啓元年(1621)に和州(安徽省和県)で生まれた。父の戴重は清軍が南京を攻略した後の戦闘で重傷を負い翌年絶食して明朝に殉じた烈士であった。戴本孝は清朝に仕官することなく処士として生涯を送り、黄山、華山などの各地を遊歴し、その間、冒襄、王士禎、弘仁、賢襲、石濤などの文人と交流した。清貧の内に康熙二十二年(1693)、七十二才で残歿した。明末清初の個性的画家の一人であり、黄山をよく描いた画家としても知られる。
黄山四景図は天下の名山といわれる黄山の景観を描いたもので、それぞれ雲谷」、「眇谿」、「湯源嶺」、「後海」と自題されている。黄山は安徹省にあり、昔、黄帝が修身楝丹したという伝説をもつ山で風光の奇絶なことは天下第一とされる。三十六峰、三十六源、二十四渓、十二洞、八巌をもって知られており、「奇松」、「怪石」、「雲海」、「温泉」をもって「四絶」といわれる。戴本孝は四十二才の時に黄山に遊んでいるが、その後も度々黄山を訪れている。後海図の自賛において戴本孝は「松石の奇なるは天下に甲たり」と述べているが、各図の山峰と岩などの示す形態は実に奇想に富むものである。雲谷図はオ―バーハングする山とその下に九龍潭をあらわし、砂渓図は山間の書斎と渓水を下る筏の様子をあらわし、湯源嶺図は山下に天下第一とされる朱砂湯をあらわし、後海図は前海よりすぐれるという後海の奇峰、松林、雲海の奇景をあらわしているが、各図とも巧みな構成と水墨の中に淡い藍色と代赭色を効果的に用いて秀逸である。この四幅と法量が等しく画風、題賛も似て連作と思われる蓮花峰図(上海博物館蔵)、文珠院図(エドワーズ・コレクション)があり、当初は四幅のみでない大作であったと思われる。雲谷図、眇谿図、後海図は「鷹阿」の款、湯源嶺図は「鷹阿山樵」の款があり、各図とも「鷹阿山椎」白文長方印、「本孝」朱文方印と遊印がある。出所:「上海博物館展」

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