考古用語辞典 A-Words

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孝儀純皇后 朝服像    2008年02月09(土)更新

孝儀純皇后 朝服像

【和:こうぎじゅんこうごうちょうふくぞう
【中:Xiao yi chun huang hou chao fu xiang
明・清|彫刻・書画>孝儀純皇后 朝服像

乾隆期
画面:縦246cm 幅119cm
  乾隆帝の孝儀純皇后は、満州族の正黄旗人で姓を魏佳氏といった。父親の清泰は内管領の職にあ孝儀純皇后 朝服像った。
魏佳氏は貴人であったが乾隆十年(一七四五)十一月に冊封されて嬪となり、乾隆十四年に妃となり、同二十四年には貴妃に封じられた。乾隆二十五年十月六日に円明園内の天地一家春宮で、のちに嘉慶帝となる皇子顒琰を生む。これは乾隆帝の第十五子であった。乾隆三十年、魏佳氏は皇貴妃に封じられ、同四十年に残歿した。乾隆帝は大いに悲しみ彼女をいたむ詩をつくった。実録中の記載によると、「乾隆六十年九月、皇帝は勤政殿に御し皇子、皇孫、王公大臣たちを召して以下を伝えた。
第十五子である嘉親王を皇太子として立て、明年丙辰の年をもって皇帝をつがせ嘉慶元年とする。また、皇太子の生母である懿皇貴妃に孝儀純皇后の名を贈り、奉光殿において孝賢皇后の次にまつることとする。皇太子は孝儀純皇后の位牌を恭奉するべし」とある。
 この画像は、魏佳氏が皇后を追封されて以後のもので、内廷画院の画家の描いた作である。出所:北京「故宮博物院展・紫禁城の宮廷芸術」1985-85

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