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錯金銀銅編鐘 2008年03月05(水)更新
【和:さくきんぎんどうへんしょう】 |
【中:Cuo jin yin tong bian zhong】 |
春秋戦国|青銅器>錯金銀銅編鐘
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時代:戦国
出土年:1972年
出土地点:涪陵県小田渓1号墓
編鐘は古代の打撃による楽器で、祭祀や宴会の儀に用いられる。陳晹『楽書』の記載には、「倍七音而為十四者、小架所用也。[七音(一オクターブ)を倍にして(半音を含む)十四音で構成したものは、小さい掛け具に吊るす]」とある。この一組の編鐘はまさしく14個からできており、寸法は徐々に小さくなっている。
編鐘の鼻鈕は三角形と漩渦紋によって組み合わされたデザインで装飾されている。舞部は雲紋と雷紋によって装飾されている。篆帯の上下及び二つの篆の間には乳突状の枚が、四区に分かれ、各区には9枚によって施されている。鼓は蟠虺紋が施されている。その中の八個の編鐘の鉦、于、銑部には金の象嵌による紋飾がみられる。舞部および枚の間には鑿によって削り出した溝、透かし穴や掘りこみがみられ、 これらは「随」と称されるものであり、音階を調律するために用いられたものである。この編鐘の形態や紋飾は、河南省信陽長台関の楚墓から出土した編鐘に類似している。編鐘と同時に出土したものには14個の差し込み(載釘)があり、編鐘を吊リ下げるために使用されたものである。長方形の断面をした銅棍は、鈕の大きさが符号する。端には銀象嵌めの獣面がみられる。鐘を懸けた木枠・梁は、「笋」と称され、柱は「虡」という。編鐘と同時に出土したものには、「笋」、「虡」の装飾品も二対ある。長方形で、中空、前面に虎形を作り、黒色の目玉をぎょろつかせた様を象嵌している。銀象嵌の雲紋もみられる。その中で一対の虎は口を広げ牙をむき出しにして珠を銜えており、腹部には銀象嵌がされていない。別の一対の虎も口を広げ牙をむき出しにしているが、珠を銜えてはおらず、腹部には銀象はや紋飾がみられる。
この編鐘は金象嵌技法がみられ、彫刻は細微であり、紋飾も精美なもので、当時の四川地区の青銅鋳造技術と象嵌工芸の水準が特に優れていことを物語っている。笋虡には巴族青銅器にみられる符号が刻まれており、これらが現地にて鋳造されていたことが説明できる。しかしながら楚文化のいくつかの要素も有しており、戦国時期の巴と楚の両文化の相互影響を反映している。出所:『中国四川省古代文物展』-三国志のふるさと、遥かなる大地の遺宝2000
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