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永楽帝  2008年08月17日(日)更新

永楽帝
【和:えいらくてい
【中:Yong le di
明・清|歴史人物>永楽帝

(1360年~1424年)
 中国明朝の第3代皇帝。諱は棣。廟号は太宗であったが、嘉靖帝の時に成祖と改称。
洪武帝の崩御,後を継ぐのは長男のはずだったが、亡くなっていたので、その次男が即位し建文帝となったが、わずか一六歳だった。若い建文帝としては父の兄弟(叔父)たちが軍事力をもつて辺境の地にいることが不安で、その勢力を削減しようと企てた。それを察し危機感を抱いた叔父のひとりが叛旗を翻した。洪武帝晩年の治世に各地の将軍たちは不満を抱いていたので、これに呼応し、内乱となる。戦いのプロだった叔父は、南京を攻略し、宮城は炎に包まれ、建文帝は焼死した。叔父は皇帝に即位した。永楽帝である。
このように二代目にしてお家騒動が起きるなど、前途多難であるかのように思えた明王朝だが、長続きした。特に永楽帝の時代は、中国史上最も輝いていた時代とまでいわれる黄金の時代だった。
経済は発展し、文化も栄えた。経済発展は税収のアップという結果に繁がり、その豊富な財源をもとに軍備拡張が可能となり、五度にわたりモンゴルに侵攻した。また、強大な軍事力を背景に、外交を優位に進め、朝鮮半島やベトナムまでを併合、明帝国の領土は拡大した。大型艦船がインド洋をこえ、ベルシャ湾からアフリカにまで達し、大航海時代を迎えた。一方、明の宮廷は排除されていた宦官を再び登用した。宦官は使節や軍の指揮官として地方にも派遣されるようになり、しだいに力を蓄えていく。出所:『覇王列伝』大陸の興亡編

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