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清康熙帝  2008年08月17日(日)更新

清康熙帝
【和:しんこうきてい
【中:Qing kang xi di
明・清|歴史人物>清康熙帝

(一六五四~一七二二年)
 康熙帝は順治帝の第3子として生まれ、8歳で即位する、清の第4代皇帝。
元から中国を奪還した明帝国にとつて、次なる脅成は、金の減亡後、力を盛り返してきた女真族だった。その対策として、明は女真族を三つに分割し、互いに牽制し合わせたのである。だが、やがて女真族のなかに、民族統一の動きが高まっていく。ひとつの部族の長だったヌルハチが、頭角をあらわし、各部族を次々に支配下に入れていつた。そして、 一六一六年に明からの独立を宣言しい大金を建国したのであった。ヌルハチはその勢いで朝鮮に攻め入り、明の領上にまで侵攻し、遼河以東を制覇した。だが、 一六二六年に、志半ばにしてヌルハチは亡くなり、息子のホンタイジが後を継いだ。 一六三六年、ホンタイジは国号を清とした。
一六四三年、ホンタイジが亡くなり、その息子が六歳で即位した。これが最初の皇帝順治帝である。当初は叔父のドルゴンが摂政となり、政権を運営した。
そのころ、明の末期に起きた反乱で勝利した李自成が北京に入り、皇帝を宣言していた。この混乱に乗じ、清は中国乗っ取りを図る。清の侵攻を食い止めていた呉三桂を寝返らせると、清軍はあっさりと中国に侵攻した。
こうして、清は中国全土を支配下に置いたものの、満州族が当時の中国で占める人口の割合はわずかニパーセントに過ぎず、漢民族の反感を買っては安定した統治は不可能だった。清の時代になったが、行政は基本的には明時代の機構やしきたりを踏襲した。
清が安定をみせるのは四代皇帝・康熙帝の時代からである。八歳で即位したので最初は実権がなかったが、 一五歳から名実ともに皇帝として親政を始めた。最初の大仕事は三藩の乱の鎮圧だった。これにぶり、清の敵は中国内にはいなくなった。
康熙帝は西欧文化の吸収に関心を寄せる開明的な君主だった。台湾を平定したり、チべットを勢力下におくなど、領土拡張もした。
清は三百年ほど続き繁栄した。経済は発展し、税は下がり、民の暮らしも楽になる――すべてがうまく回転し、人口は明時代に二億人だったが、四億をこえるまでになった。
西欧との交流も本格化し、貿易が始まった。中国の絹や陶磁器、茶が英国に高く売れた。一方、英国は何も売るものがなく、巨額の貿易赤字に苦しむようになった。英国の銀はどんどん中国に流れていったのである。今日であれば、為替レートの調整などの政策がとられるだろうが、当時はまだそういう時代ではない。英国は中国に阿片を売ることにした。出所:『覇王列伝』大陸の興亡編

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