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沈没船「南海Ⅰ号」  2008年09月11日(木)更新

沈没船「南海Ⅰ号」
【和:ちんぼつせん「なんかいいちごう」
【中:Chen mo chuan[Nan hai yi hou]
研究機関|>沈没船「南海Ⅰ号」

 2007年12月22日、広東省陽江市東平港の南約20カイリの海域で、クレーン作業船「華天竜」号の巨大なアームが、積年の沈泥に覆われた沈没船「南海Ⅰ号」を、海底から引き上げた。
800年もの間水中で眠っていた 「南海Ⅰ号」とは、一体どのような船であったのだろうか。なぜ沈没したのか。なぜこれほどの大きな注目を集めるのか。どんな価値があるのか。
長い間さまざまな憶測が語られ、謎の解明が待たれていた「南海Ⅰ号」の積まれたケーソンが開かれれば、神秘のベールがはがれることになるだろう。
1980年代は、海底の宝探しラッシュであった。1987年8月、中国交通部(省)に属する広州市救撈局(水中の救援や水中物を引き上げる仕事を担当)はイギリスのある海洋探測会社と契約を結び、広東省台山市と陽江市の境界の海域で沈没した東インド会社の二つの船を、共同で探すことを決定した。
調査を進めるうちに、偶然、磁器を満載した宋代の沈没船を発見した。引き上げられた二百数点の遺物の中からは、景徳鎮窯や竜泉窯、徳化窯、建窯といった宋代と元代の四大名窯でつくられた精美な磁器だけでなく、錫製の水差し、銀塊、「政和通宝」「紹興通宝」の銅銭など、数多くの貴重な文物が発見された。長さ170センチの、エキゾチックなデザインの、洗練された金メッキの腰帯(チェーンベルト)は、引上げ作業をしていた現場の人々をとりわけ驚かせた。中国側の担当者は文物保護のため、すぐに引き上げ作業を中止し、発見の知らせを広東省文物主管部門に報告。この沈没船の発見は考古学界の注目を集め、国の文物関係部門でも調査や発掘準備が進められることになった。
当時、中国は水中考古学の実践経験を持っていなかったため、1989年8月、国務院の認可を経て、当時の中国歴史博物館と日本の水中考古学研究所が共同で「中日連合中国南海沈没船調査学術委員会」を設立、この沈没船を「南海Ⅰ号」と命名した。1989年11月15日から20日まで、中日の考古者たちによる「南海Ⅰ号」に対する初めての水中調査が行われ、大体の位置が確定された。しかしその後、さまざまな事情により、中日双方の協力活動は続けることができなくなった。
2001年4月、「南海Ⅰ号」プロジェクトは香港の「中国水中考古探索協会」の援助によって、再び立ち上がった。中国歴史博物館水中考古研究センターは広東省文物考古研究所などの機構と共同で、「南海Ⅰ号」沈没船水中考古隊を結成。改めて「南海Ⅰ号」の調査を行い、正確な位置を把握するに至った。
当時、中国は水中考古学の実践経験を持っていなかったため、1989年8月、国務院の認可を経て、当時の中国歴史博物館と日本の水中考古学研究所が共同で「中日連合中国南海沈没船調査学術委員会」を設立、この沈没船を「南海Ⅰ号」と命名した。1989年11月15日から20日まで、中日の考古者たちによる「南海Ⅰ号」に対する初めての水中調査が行われ、大体の位置が確定された。しかしその後、さまざまな事情により、中日双方の協力活動は続けることができなくなった。
2002年3月から5月まで、中国国家博物館と広東省文物考古研究所などの機構が共同で、「南海Ⅰ号」の初歩的な発掘作業を行った。沈没船の中部のわずか1平米の小さな船倉から、数々の精美な文物が引き上げられた。約4000点の磁器のほかに、漆器や石製品、鉄器、銅器、馬蹄銀、大量の銅銭などが発見された。これをもとに、ある専門家は船内の文物の総数は6~8万点に達するであろうと見積もった。
これまで引き上げられた文物を見る限り、船内から発見されたのは主に大量の磁器であり、種類ごとにきちんと揃えて船倉内に置かれていたことがわかる。磁器の数、種類、置かれた場所などによって、それらがこの船の輸送する主な商品であったことが推定される。
2004年、専門家たちは再度「南海Ⅰ号」の詳しい調査を行った。今回の調査では、大量の銅銭が引き上げられた。そのほとんどは北宋時代のものだったが、最も古いものは後漢の「貨泉」、わずかながら隋と唐、五代の銅銭も見られ、最も新しいものは南宋の「紹興元宝」であった。このことから、「南海Ⅰ号」は今から800年あまり前の南宋時代に沈没したと推定される。
引き上げられた文物の中で、1987年に発見された幅約3センチ、長さ170センチの、緻密な技巧を凝らして作られた金メッキのチェーンが最も注目を集めた。このチェーンの両端の結び目から見て、専門家はこれを腰帯と考えている。また、腰帯の貴重さから、これは船長の遺物であると見られている。この腰帯の形や製造技術は中国のものとはまったく違うもので、明らかに西アジア風のものであるため、船長は西洋の出身である可能性も考えられる。一連の考古発見から、「南海Ⅰ号」は海上シルクロードと結びつけて考えられるようになった。
出所:人民中国インターネット版

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