考古用語辞典 A-Words

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鄭和公園 2008年12月13日更新

鄭和公園
【和:ていわこうえん
【中:zheng he gong yuan
明・清|面白テーマ|>鄭和公園

鄭和公園、?池南岸の晋寧県昆陽鎮にあり、昆明から60km離れている。
鄭和のもとの姓が馬、名が三保、回族、紀元1371年昆陽に生まれた、祖父と父親はイスラム教の聖地メッカに行ったことあるが、子どもごろ外国の話をよく聞いた。明代の始め、王宮に入って宦官になった鄭和は北京で燕王に仕えていた。その後、燕王朱棣と建文帝朱允間の帝位を争奪する戦争中に手柄を立てたので、明成祖の身辺に要人になった、1405年、明成祖の命令に服した鄭和は、景弘が副使とし、船乗り?官吏?兵士を27800人余り率いて“宝船”62隻に乗り、西洋に遠洋航海した。かれたちは蘇州劉家港(現在の太倉東瀏河鎮)から出発して、占城(現在のベトナムの南部)、ジャーバ、スマタラ、セイロン(現在のスリランカ)などに到着したことがあり、インドの西岸に経由して戻り、1407年に帰国した。その以後、1408―1411年、1413―1415年、1417―1419年、1421―1422年、1430―1433年に前後28年、7回遠洋航海した。途中30余りの国を経て、遠いところはアフリカ東岸、紅海にも行ったことがある。使用した船は最長のが約148m、幅60m、1000人乗れる。この航海はコルムブス、ダジャウマなどより半世紀ほどはやかったが、船隊の規模と船の大きさもよく超過した。鄭和は行った所にシルク、磁器、銅鉄器、金銀器などで当地の特産と交換し、「もらった宝物が無数だ」。また、ある国と地区も使者を派遣し、船隊について中国に訪問して来た。国際間の交流を促していた。鄭和が西洋を巡ったことは世界遠洋史に対しても、始めての試みである。
晋寧へは小西門で長距離バスを利用できる。
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