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双魚文盤 2009年1月30日更新
一九七五年 陝西省西安市西北工業大学出土
銀、鍛造・鍍金
高1.8、口径16.7、底径13.0
唐 八~九世紀
陝西・西安市文物保護考古所
鍛造(打出し)になる円形の盤で、内底には、宝相華文や花弁文帯をめぐらせた中央に双魚文を刻出する。薄い作りになることから、器胎には、損傷によるもの以外に、当初からの凹凸がみられ、文様の刻線はか細く、極小の魚々子もまばらに乱れ打ちされ、いささか粗製の印象があるが、鍍金は、文様部に丁寧にほどこされている。唐時代(六一八~九〇七年)後半期の作風が頭著にうかがわれる遺例である。
底裏に、四行にわたって銘文が刻まれ、それによれば朝議大夫(閑職の一つ)の李勉の発注になることがわかる。銘文に見える「魚袋」とは、魚形の割符のことで、片割を宮廷に置き、もう一方を身に付けて姓名を記し、宮廷ヘ出入する際に両者を合わせるという、通行証の類である。通常、袋に入れてあったことから、魚袋と呼ばれ、これを所持することは、宮廷への出仕を意味し、名誉なことであった。本器の文様を双魚としたのも、李勉が賜ったと記す紫金の魚袋にちなむものであろうか。
本器の出土地点は、唐の長安城光徳坊の西北隅にあたり、そのすぐ西隣には、長安の二大市場の一つである、西市が置かれていた。西市には、金銀器を商う店舗も軒を連ねていたと伝えられることからすると、本器も、この西市で制作されたものかもしれない。
【銘文】「朝議大夫使持節都督洪州諸軍/事守洪州刺史兼御史中丞充江南西/道観察處置都團練守捉及莫徭/等使賜紫金魚袋臣李勉奉進」(底裏刻銘)/「趙一」(底裏墨書)出所:唐の女帝・則天武后とその時代展1998
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