「時局と画家 川端龍子の1930~40年代」大田区立龍子記念館
- 2025/6/26
- 東京
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名称:「時局と画家 川端龍子の1930~40年代」大田区立龍子記念館
会期:2025年7月12日(土)〜2025年9月21日(日)
会場:大田区立龍子記念館
開館時間:9:00 〜 16:30
休館日:月曜日
月曜日が祝日の場合は月曜日開館し翌日休館
入場料:一般 200円、中学生以下 100円、65歳以上・未就学児・障がい者手帳提示と付き添い1名 無料
住所:〒143-0024東京都大田区中央4-2-1
TEL:03-5777-8600
URL:大田区立龍子記念館

―戦争に捷(か)った暁にさて芸術が無いとあっては淋しいものでしょう―
戦後80年、戦争の時代に画家たちは何を思い、作品を制作していたのでしょうか。上の一節は、太平洋戦争の破局的な状況下、1945 年6月に画室で展覧会を開催した日本画家・川端龍子(1885-1966)が案内状に書いたものです。そして、終戦間際に龍子は自宅を空襲で失うものの、10月には展覧会を開き、弱りきった龍に焼け跡から始まる戦後日本を象徴的に表した《臥龍》(1945)を発表したのでした。
本展では、「川端龍子の1930~40年代」をテーマに、龍子が自身で設立した美術団体・青龍社の展覧会で発表した作品を中心に、対日感情の悪化と昭和恐慌に揺れ「非常時」と呼ばれた1930 年代の作品から、大画面の連作に取り組んだ《波切不動》(1934)、《椰子の篝火》(1935)、《源義経(ジンギスカン)》(1938)等を出品します。また、太平洋戦争開戦後の作品では、海軍大将・山本五十六が戦死した年に描いた《越後(山本五十六元帥像)》(1943)、悪化する戦局への怒りや悲しみを表した《怒る富士》(1944)、《水雷神》(1944)等を展示し、画家として龍子が表した戦争への姿勢から、時局と画家について考えます。








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