名称:「田中信太郎――意味から遠く離れて」世田谷美術館
会期:2026年4月25日~2026年6月28日
会場:世田谷美術館
開館時間:10:00~18:00
休館日:月曜日(5月4日は開館)、5月7日
入場料:一般1400円、65歳以上1200円、大学生高校生800円、中学生小学生500円、未就学児無料
住所:〒157-0075 東京都世田谷区砧公園1-2
TEL:03-3415-6011
URL:世田谷美術館

田中信太郎《無題D》 1972年 田中信太郎アトリエ 撮影:野
口浩史

概要:
現代美術家田中信太郎(1940–2019)の創作の軌跡を紹介する回顧展。18歳になる直前に茨城県日立市から上京した田中は、1960年代初頭に反芸術運動として知られるネオダダの活動に参加し、篠原有司男らと行動を共にした。その短いが激しい実験の時期を経て、田中は制作の方法を大きく転換し、ハート形のモチーフやネオン管を用いたシンプルで象徴的な造形を発表し注目を集める。この頃、デザイナー倉俣史朗と出会い、互いに刺激を与え合いながら交流を深めた。田中は作者の感情や物語から距離を置いた表現の成立を志向し、パリ青年ビエンナーレやヴェネチアビエンナーレなど国際展にも参加するなど、国際的な舞台でも活動を展開した。その後、東京の美術界の喧騒から距離を置くため、アトリエを世田谷から故郷日立へ移し、より内省的な制作環境に身を置くことを選ぶ。大病を経験したのち、1985年に制作を再開すると、作品はそれまでとは異なる色彩豊かな表情を帯び、平面と立体を組み合わせた複合的な構造へと展開した。田中は常に同じ表現に留まることなく、新しい作品のあり方を模索し続けた作家であり、その探究の中心には「視ること」そのものへの問いがあった。本展ではアトリエに残された作品や資料、書き留められた言葉などを通して、田中信太郎の制作の歩みを振り返り、その静かな作品世界の奥に潜む創造の思考を探る。

アーティスト略歴
1940年 茨城県日立市生まれ
1960年代初頭 ネオダダ運動に参加
1960年代 篠原有司男らと行動を共にし活動
1960年代後半 ネオン管やハート形を用いた作品で注目
1960年代後半 デザイナー倉俣史朗と交流開始
1960年代 パリ青年ビエンナーレなど海外展に参加
1970年代 ヴェネチアビエンナーレなど国際展に出品
1985年 大病後に制作活動を再開
2019年 逝去

田中信太郎 《風景は垂直にやってくる》 1985年 日立市郷土博物館 撮影:田村融市郎

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