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アウシュヴィッツ強制収容所(ポーランド世界遺産) 2009年5月5日更新
【和:アウシュヴィッツきょうせいしゅうようしょ】 |
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アウシュヴィッツは、ポーランド名をオンフィエンチムとぃう。第二次世界大戦時にナチス・ドイツによってつくられた強制収容所で、ユダヤ人問題の「最終的解決」を目的とする、大量虐殺施設であった。ここで殺害された人は、400万人にものぼり、その3分の2をユダヤ人が占めた。その狂気は、1945年1月ソビエト連邦軍が進攻し、収容所を解放するまで続けられた。
常時25万人を収容する、28棟の建物が3列に並ぶアウシュヴィッツは、強制収容所としては最大規模のものであった。鉄道貨物中に満載された被収容者は引き込み線の終点で降ろされると、ただちに選別された。労働力として利用できる者は、モノヴィッツなど、ほかの収容所に移送され、強制労働に従事させられた。
現在は博物館となっている収容所の内部には、銃殺に使われた「死の壁」や餓死室、猛毒ガスが使われたガス室、死体焼却炉などが残っており、各棟がテーマ別に展示されている。
収容所の入口ゲートには、「ARBEIT MACHTFREI(働けば自由になれる)」の文字が掲げられているが、「B」の文字は上下逆になっている。ゲー卜をつくらされた被収容者の、小さな抵抗の跡といわれる。大戦後、ポーランドは人類の狂気と虐殺の象徴として、アウシュヴィッツ強制収容所の保存を決めた。アウシュヴィッツから3kmの所にあるビルケナウ強制収容所跡には、殺害された者たちの霊を慰める国際慰霊碑が建てられた。この強制収容所は、人類の残した負の世界遺産である。
出所:世界遺産の旅
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