考古用語辞典 A-Words

用語入力

 

      

時代別順

旧石器時代
新石器時代
神話時代
殷・周時代
春秋戦国
秦・漢・三国
晋・南北朝
隋・唐・五代
宋・遼・金・元
明・清

分野別順

基本用語
青銅器
陶磁器
金銀・玉器
石器・ガラス
彫刻・書画
絹・衣類
建造物・遺跡・墓
歴史名城
歴史人物
研究機関
研究者
面白テーマ

諸葛亮  2008年08月07日(木)更新

諸葛孔明
【和:しょかつりょう
【中:Zhu ge liang
秦・漢・三国|歴史人物>諸葛亮

181~234年
天才参謀がたどった軌跡
 諸葛亮、字は孔明。したがって、諸葛亮孔明、あるいは諸葛亮とするのが正しい。幼いころに父を失い、叔父のもとで育った。並外れた知性と知識の持ち主である。戦乱の世に誰にも仕えることなく、晴耕雨読の日々を送っていたところに、劉備がやってきて、「三顧の礼」を尽くされたので、参謀となる。
最初の大仕事が、全権委任大使として呉の孫権のもとに行き、同盟を組もうと説得することだつた。二〇八年、曹操が大軍を率いて南下し、劉備軍は壊滅的打撃を受けた。孫権と同盟を結ぶしか、劉備の生き残る道はなかった。だが、孫権としては、曹操に降伏するという道がまだ残されていた。孫権が劉備と結び曹操と戦う気があるのかどうかは、まったく分からない。さらに、本来ならば、劉備は孫権と対等の立場にはなかつたが、なんとか優位な形での同盟関係にしなければならない。
諸葛孔明は孫権と対面するなり、「曹操は強い。降伏したほうがいい」とさぐりをいれた。孫権は驚き、「なぜ、劉備は降伏しないのか」と訊き返した。孔明は、「劉備殿は漢王朝の血を引いているので、曹操になど降伏できない」と答えた。孫権への挑発である。孫権はそれに乗ってしまい、「私も降伏するつもりはない」と言う。「ならば、同盟を結ぶしかない」と孔明は言って、具体的に、曹操軍の兵力を分析し、劉備と孫権が手を結べば勝てることを説明した。孫権は参謀の周瑜の意見も聞いた上で、劉備と同盟を結び、曹操と戦うことを決断。こうして、劉備と孫権による反曹操同盟が確立され、曹操の誇る水軍を赤壁の戦いで壊減させるのに成功した。その後も、さまざまな戦略・戦術を立て、天才軍師として劉備に仕え、蜀帝国の建国まで導いた。もつとも「三国志」で伝えられる活躍ぶりには、フイクションもかなりまざつている。
蜀帝国の丞相になっだ諸葛孔明は、法律・制度を整備し、官職も整え、賞罰のけじめも明確にし、公平な政治をおこなった。国民から厳しい人だが正しい人だと慕われた。軍師としてよりも、内政の得意な政治家・行政マンとしてのほうが有能だったという説もある。出所:『覇王列伝』大陸の興亡編

Copyright 2006 abc0120 All rights reserved.