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クロード・モネ記念館(フランス) 2009年7月16日更新

クロード・モネ記念館(フランス)

【和:クロード・モネきねんかん
【英:Musee‐maison et jardins du peintre Claude Monet
研究機関|>クロード・モネ記念館(フランス)

ジヴェルニーのモネ記念館は、四月一日から十月三十一日まで公開されている。冬の間は閉館になる。バリから高速道路でルーアンに向かう。ボニエールでおりて少し走ったところにジヴェルニーはある。バリから車で約一時間の距離である。すぐ近くをセーヌ川がゆったりと流れ、丘を背にしたところにモネの館がある。
 入口は道路から左へあがって裏側から入るようになっていた。『ミッシェル・モネ寄贈モネ記念館』と書かれたプレートが見える。現在は、広い部屋の壁に、モネの代表作の実物大の大きな複製写真が数十点飾られていて、このまま大展覧会場になりそうな広いアトリエであるが、一点も本物の絵がないのにはがっかりしてしまった。せめて代表作の数点ぐらいはほしいところである。光は高い天井から入り、画家のアトリエとしては大きすぎるほどの空間であるが、あのオランジュリー美術館の「睡蓮」の連作はここで生まれたのである。
 アトリエから外に出るとで面に美しい花園であった。何千という草花が庭一面に所狭しと植えられている。行儀よく植えられた庭園とは違って、地面という地面はすべて植えられ、その無秩序さが反対にエネルギッシュでさえある。
 私の見たい「睡蓮」の他はこの庭にはない。庭の隅の階段をおりると、上に一般道路が通り、その下がトンネルで反対側の庭に通じていた。階段をのぼると花園とは異なった風景になる。笹、笹、藤と樹木が多い。小川が流れていて、それが「睡蓮」の他に通じている。池の近くに散歩道があり、所々緑色のベンチが置かれていた。
柳の木が多く、日本庭園をイメージしたものだという。あの緑色の太鼓橋もここにある。柳が池に映って笑しい。この柳と睡蓮のハーモニーがモネによって名作となったのである。
 モネの住居は、ピンクの壁に緑の鎧戸が可愛らしい。真ん中の玄関へは緑の階段を数段のぼる。階段の前には、ベゴニアや百日草などたくさんの草花が植えてある。玄関を入って右に食堂がある。黄色の部屋である。黄色の壁とカーテン、黄色の戸棚、テーブルと椅子も黄色、それもレモンのような黄色のハーモニーが煉瓦色と白のタイルの床に映えていた。戸棚には陶器の皿のコレクションが並んでいる。驚いたのは浮世絵がそこら中に掛かっていることである。  玄関へ戻って左へ行くと、まず水色の書斎へ出る。壁も椅子も水色、壁には二十数点の浮世絵がある。次の部屋は、アトリエ兼居間という感じの部屋で、ここは落ち着いた本の床に肌色の壁で外からも直接入れるドアが付いていた。たぶん、小品はこの部屋で描いたのだろう。
椅子も机も昔のままで、ここにはモネの生活の匂いが残っている。白い顎鬚姿のモネの写真も飾られていた。
 二階はモネの寝室だった。アイボリー色の部屋でベルシヤ絨毯が敷かれ、窓からは花の咲き乱れる庭が一面に見渡せた。モネは朝日に輝く美しい庭を毎朝見下ろしていたことだろう。
 葛飾北斎、歌麿、広重など二百点ほどの浮世絵が家中に飾られている。おとぎの国のような外観の館の中は、まるで浮世絵美術館である、印象派の画家として、色彩と光の追求を続けたモネの館らしく、明るく、色で分けられた部屋は楽しいものだった。
 モネは、四十四、五歳からジヴェルニーでしばしば絵を描くようになった。五十歳のとき、この館を買い、晩年のほとんどをここで過ごした。「睡蓮」の連作を八十六歳で亡くなるまで描き続け、美しい遺産を遺した。出所:『美術館へ行こう』長谷川智恵子
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