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硯の歴史 2009年5月27日更新

硯の歴史

【和:すずりのれきし
【中:Yan de li shi
彫刻・書画|>硯の歴史

書かれた文字としては安陽の小屯にある殷墟から発掘された陶片の墨書や朱書された甲骨片がある。三一〇〇―三四〇〇年前のものである。筆や墨が存在したとすれば当然硯もあっただろう。
一九七五年十二月、湖北省雲夢県睡虎地第一一号墓から四方円板石硯と硯石・墨が出土した。竹簡一千余点も出た。この墓は秦始皇帝三十年のものと推定される秦墓である。この石硯が現存する最古の資料である。
一九七三年、湖北省と陵県の一六八号漢墓が発掘された。この墓は漢の文帝の初元十三年に葬られたものであった。この墓室から筆、墨、硯、牘、削刀の五種の文房具が出土した。硯は石製で厚みのある円板形であり、半球柱状の磨墨石があった。磨石、 硯墨石、硯石などと呼んでいるものである。この硯と同類のものが陝西省博物館にある。
東漢時代の硯は円板硯に三脚がつき蓋があり、蓋の上部につまみにあたる部分があり、その裏側には円孔がある。硯墨石を硯上に置いてそれを覆うための孔であろほかに漆硯、陶硯、鉄硯などもあるが石硯に比して出土例は極めて少ない。三国時代になると陶硯が増えてくる。石硯では四脚方台の上に円形硯面のある石硯があらわれる。
南北朝時代の出土硯には陶瓷硯が圧倒的に多くなる。多脚円台上に環池のある円硯、三脚式、五脚式、六脚、八脚などがある。これに次ぐのが箕形陶奄硯である。灰蒼色が多い。他に長方硯(石・陶磁)、四脚方硯(石)、銅盒石硯などが報告されている。
漢―六朝の間と思われるが、十二客峯陶硯という、硯の前方に連山形のある変った硯がある。中国で一例報告されているが、パリーのチェルヌスキー美術館蔵に一硯ある。
隋、唐代になると瓷硯の胎上が白くなり、 灰釉、黄釉、青磁、緑釉、三彩釉などの釉薬のかかったものが現れる。多脚連坐弐円硯である。円硯の変ったものに十二峯が退化したように僅かに前方に突起部がある遼三彩硯がベルリン東洋美術館にある。この系統の瓷硯は王室系の陵墓から出土しているようだ。
灰蒼色の箕形陶硯が河南省、陝西省で多く出土している。箕形硯ほど多くないが亀形陶硯が唐墓から出土している。亀の形をしていて脚があり、蓋が亀甲でかぶさるようになっている。単亀、双亀、直頸、屈頸、交頸、交尾の別があるが、解放前の出土硯がかなり海外に流出し、漢硯とされていたが、南北朝宋―唐代とする方が正しいだろう。この頃、箕形硯の前方が深く隔が高くなり、手前に二脚がつくもの(風字硯)が出土している。唐代に端渓硯が作られたことは文献上では知られていたが、それを実証する出土硯が一九五二年、仰天湖の七〇五号墓から出土した箕形硯である。 五代になると南唐の李王室が歙州石を採掘して南唐官硯を作らせたが、当時の出土硯には陶硯が多い。
宋代に入ると山東省青州(今の益部)から産出した紅糸石(欧陽脩が称揚したという)、紫金石(米芾のものと思われる米元章の銘のある箕形硯が一九七二年、北京の元代遺跡から出土した)、広東省肇慶府端川から産出する端渓硯、江西省婺源から産出した歙州硯、甘粛省洮河から採取したという洮河緑石硯、澄泥硯などが文人に愛玩された。出土硯の例では圧倒的に陶硯が多い。そして、箕形硯とともに長方硯が多くなる。宋代に漆砂硯が作られたという。明・清代の浮硯に連なるものであろう。玉硯、鉄硯、銅硯などといったものも作られたであろう。
趙希鵠の『洞天清禄集』には現弁として上記の硯のほかに黎渓石(浙江省杭県)辰州石、沅州石(湖南省)黒玉硯(湖北省)をあげている。
明代に入ると末期に端渓の老坑水巌が開かれる。福川石(福建省・黄化石)、湽州石(山東省)、わく村石(江蘇省)、蛮渓石(湖南省)、谷山石(湖南省)、大沱石(湖北省)、鼉磯島石(山東省)といった硯石が宋―明にかけて採掘された。陶瓷硯では染付、万暦赤絵などの名品が生まれ、漆硯、澄泥硯にも巧緻なものが生まれた。
清代に入ると端渓坑は皇帝の命によって開掘され、老坑を打つ進めて東洞、西洞、大西洞、水帰洞などが開かれた。また東北(満州)の松花江緑石が開掘され乾隆帝の愛玩するところとなった。陶瓷硯では染付、金欄手、 粉彩、 均窯、 哥窯、 朱泥(宜興)などが作られた。
宋代から殷・周代の青銅器愛玩が興り、それにつれて漢―六朝の磚・瓦当・筒瓦などに及び、これらのものに刻して硯に作ったものを楽しんだ。瓦硯,瓦当硯・磚硯などがこの類である。
清代には硯を愛する蒐集家(コレクター)が現れ、金冬心などは百ニ硯田富翁を号したものである。それとともに作硯を楽しんで硯譜を作り、また作硯譜(高鳳翰『硯史』、蒐集硯譜(乾隆帝愛蔵硯の帆影を集めた『西清硯譜』や紀暁嵐や蒐集硯の図録『閲微草堂硯譜』が作られた。阮元、馮公度などにも「金石縮模硯譜』がある。
現代では中華人民共和国の大幹部であった故、康生氏は硯癖があり数百面近い蔵硯家として知られていた。没後国家に寄贈され北京で展観されているというがまだ過眼していない。沈石友(沈氏硯林)、広倉学窘(広倉硯録)など解放前の蒐集家として知られている。台湾の林伯寿氏に『蘭千山缶硯譜』がある。
日本でも『和漢硯譜』『精華硯譜』『百友硯譜』『宝硯斎硯譜」等の著書があり、文房古玩の王座をなすのが硯であろう。江戸時代から硯癖家は多い。研究家も多く、大正・昭和に山口恵石・小野鐘山・後藤朝太郎,犬養木堂・阪東貫山・飯島茂等の人達は後進に道を拓いたもので、その功績は称えられるべきである。出所:『文房古玩事典』宇野雪村
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