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楷書仇鍔墓誌銘巻 2009年3月12日更新
【和:かいしょきゅぅがくぼしめいかん】 |
【中:Kai shu qiu e mu zhi ming juan】 |
宋・遼・金・元|彫刻・書画|>楷書仇鍔墓誌銘巻 |
趙孟頫筆
一巻
紙本墨書
[題額]縦三四・八 横四七・五
[本文]縦三四・八 全長一〇七一・〇
元時代・延祐六年(一三一九)
京都・陽明文庫
福住閥海道の粛政廉訪副使を務めた仇鍔の墓碑銘を、趙孟頫(一二五四~一三二二)が自ら撰文し揮毫した稿本である。篆額は一紙二行、行四字を三紙に収め、本文は一紙三行、行六字、現在は都合六十五紙分を存している。ただし『元文類』所収の文章と比較すると、数紙分か欠失していることが分かる。
趙孟頫は王羲之(三〇三~三六一)・王献之(三四四-三八八)を字ぶとともに、広く昔人の気韻を求めて、その古法を具えた秀麗な書風は、後世に大きな影響を及ぼした。一方、仁宗に召されて政治的にも要職を拝した六十代には、碑文の揮毫が多く見られる。その揮毫にあたっては、唐の李邕の書風を取り込み、日常の書写とは異なる厚厚な表現を意図的に用いた。六十六歳の筆になる本件は、趙孟頫の晩年の代表作。四十代の後半から五十代の初めにかけての揮毫と考えられる「楷書玄妙観重脩三門記巻」に比べると、楷書の中に行意を加味し、結体・用筆ともに円熟した老練の境地を示している。出所:書の至宝-日本と中国2006
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