「開館10周年記念展 もうひとつのユートピア」今治市伊東豊雄建築ミュージアム

「開館10周年記念展 もうひとつのユートピア」今治市伊東豊雄建築ミュージアム

名称:「開館10周年記念展 もうひとつのユートピア」今治市伊東豊雄建築ミュージアム
会期:2021年10月31日_2022年9月16日
開館時間:09:00 〜 17:00
休館日:月曜 月曜日が祝日の場合は月曜日開館し翌日休館、年末年始休館(12月27日〜12月31日)
入場料:一般 840円、65歳以上 670円、大学生 420円、高校生以下・18歳未満・障害者手帳提示と付き添い1名 無料
主催:今治市
協力:越智光憲、中村エミ子、藤原幸子、藤原正富、藤原ルミ、村上榮、森本賢朗、森本幸子、今治市役所 大三島支所、今治市役所 上浦支所、大山祇神社
助成:公益財団法人朝日新聞文化財団
ディレクター:伊東豊雄
制作:NPOこれからの建築を考える 伊東建築塾、株式会社伊東豊雄建築設計事務所
映像インタビュアー:佐野由佳 
インタビュー映像・写真:田中英行、山根香 
写真:高野ユリカ
グラフィックデザイン:丸山智也 
英訳:ジョイス・ラム
住所:〒794-1308愛媛県今治市大三島町浦戸2418
TEL:0897-74-7220
URL:今治市伊東豊雄建築ミュージアム

今年は私がオフィスを設立して50年、またスタートしたばかりの建築塾の塾生達と大三島に通うようになって10年。節目の年となりました。
 この間オフィスでの設計活動においては、建築、とりわけ公共建築を変えたいと考えてきました。何故なら日本の公共建築は管理しやすいことが優先され、利用者にとって楽しく居心地良い建築になっていないように感じてきたからです。
 この10年間そのような設計活動を続けながら、私は瀬戸内に浮かぶ大三島にも足繁く通ってきました。この島に私自身の建築ミュージアムを今治市がつくってくれた所為(せい)ですが、普段の設計活動から距離をおいて自分を見つめ直したいと考えたからでもあります。
 大三島を訪れる度に私の心は和みます。大三島は穏やかで平和な佇まいを示しているからです。
 しかし、その風景の美しさにもかかわらず、この島の人口は毎年減り続けています。しかも人口の半分は65歳以上の高齢者です。このまま放置すれば島は近い将来限界集落となってしまうでしょう。
 若い塾生の人達と島を訪れた私達は、当初「大三島を日本で一番住みやすい島にしよう」といったスローガンを掲げて、過疎の島を再生したいと意気込んでいました。しかしこの10年間、若い移住者は少しずつ増えてはいるものの、島はほとんど変わっていません。
 この間行った私達の活動もかなり限られたものでした。寂れてしまっている大山祇神社の参道に面した空き家を借りて改修し、「みんなの家」として島の人々の集まりの場にしようとしたのが手始めでした。移住してくれた若い人達がカフェなどを営みながら頑張ってくれたのですが、島の高齢者達は容易には集まってくれませんでした。コロナの影響もあってこの春「みんなの家」はしばらく活動の停止を余儀なくさせられました。
 島の高齢者達は「何も新しいことをしてくれんでもええ、わしらはいまのままでじゅうぶん幸せなんやから」と言うのです。この言葉は私には重く響きます。
 この人達は変わらないことを幸せだと感じているのです。変わらないことの幸せもあるのでしょうか。私がこの島を訪れて心和むのも、この島が何も変わらずに美しい風景を護り続けているからでしょうか。
 私はこの50年間、建築をつくり続けてこられたことの幸せをかみしめてきたつもりでした。でもこの島に来ると、つくらないことの幸せもあるのだという言葉に戸惑いを覚えてしまいます。
 私はいま、島に移住してきた若い人達とワインづくりの活動をしています。大三島はミカンの島として知られていますが、高齢化のために栽培放棄された土地があちこちにあります。これらの畑をぶどう畑に変えて数年前からワインづくりを始めたのです。若い人達の頑張りによってぶどうの収穫は年毎に増え、今年は柑橘のワインも含めて約10,000本のボトルを生産することが出来そうです。一昨年にはしまなみ海道のパーキングエリアに建っていた仮設建築物をもらい受けて移築し、醸造所もつくられました。純大三島産のワインが生産されるようになったのです。ワインの質も年毎に良くなってきました。
 年末から翌年初めに出来た新酒を味わう喜びは、新しい建築が完成した時の喜びとはまた異質な喜びです。ワインをつくることの幸せ、それはささやかな活動ではあるものの、つくることの幸せです。
 建築をつくることの幸せは、ワインづくりの幸せとは異なるとは言っても、私達のつくってきた建築は現在の大都市の再開発によってつくられる大規模な建築に較べればささやかなものです。東京に住む私にとって、再開発によって生まれる建築物は決して人々を幸せにする建築とは思われません。そう感じている人は私だけではないはずです。
 ささやかであるという点では新しい建築に挑戦する試みと、大三島でワインづくりに励む試みは共通していると言えるでしょう。
 私はこれからもささやかであっても人々が幸せを感じる建築をつくりたいと願っています。人々が幸せの笑顔で満たされる社会、それが私にとっての建築をつくることの夢であり、そのような建築で埋まる社会をユートピアと呼ぶことが出来るかもしれません。
 他方で私はワインづくりであれ、「みんなの家」の再開であれ、何かを変えることによって「大三島を日本で一番住みやすい島にしよう」という夢に向かっても挑戦したいと考えています。それは私にとって、「もうひとつのユートピア」なのです。
伊東豊雄

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