「牛腸茂雄 写真展“生きている”ということの証」市立伊丹ミュージアム

「牛腸茂雄 写真展“生きている”ということの証」市立伊丹ミュージアム

名称:「牛腸茂雄 写真展“生きている”ということの証」市立伊丹ミュージアム
会期:2023年11月3日(金・祝)~2023年12月24日(日)
会場:市立伊丹ミュージアム
展示室:展示室2・3・5
時間:10:00~18:00 (最終入場時間 17:30)
休館日:月曜日 
観覧料:一般 1,000円(900円)
   大高生 700円(600円)
   中小生 400円(300円)
   ※( )内は20名以上の団体料金
   ※兵庫県内の小中学生はココロンカード提示にて無料
   ※伊丹市内在住の高齢者割引有(平日は60歳以上、土日祝は65歳以上)
住所:〒664-0895 兵庫県 伊丹市宮ノ前2-5-20
TEL:072-772-5959
URL:市立伊丹ミュージアム

『SELF AND OTHERS』1977年発行 ©Hiroichi Gocho
『SELF AND OTHERS』1977年発行 ©Hiroichi Gocho

本年に没後 40 年を迎え、『牛腸茂雄全集』(赤々舎)が刊行されるなど注目を集める写真家、牛腸茂雄(ごちょうしげお 1946-83)の回顧展を開催します。
新潟県に生まれた牛腸は、3歳で胸椎カリエスを患い、長期間にわたって下半身をギプスで固定される生活を余儀なくされたことから成長が止まり、生涯、ハンディキャップとともに生きていくこととなりました。10代からデザインの分野で非凡な才能を見せた牛腸にとって大きな転機となったのが、高校卒業後にデザイナーを志して進学した桑沢デザイン研究所で大辻清司と出会ったことでした。大辻は戦後写真史に重要な足跡を残した写真家であるとともに、新しい世代の礎となる才能を数多く見出した優れた教育者でもありました。「もしこれを育てないで放って置くならば、教師の犯罪である、とさえ思った」と、牛腸の才能を見出した大辻の説得により、牛腸は写真の道を歩むこととなったのです。
レンズを通して見つめる新たな世界を獲得した牛腸は、憑かれるように創造の世界に没頭しました。そして、限られた命であることを自覚し、「“生きている”ということの証」として写真集の制作に力を注ぎました。何気ない日常で出会った子どもたち、家族、友人と、静逸で淡々とした作品の奥からこちらを見つめる被写体のまなざしは、写真を通して「自分と世界との関わり」を探求しつづけた牛腸のポートレイトでもあります。そこには、日々のなかで「見ること」と「見られること」、「自己」と「他者」との関係性を意識してきた牛腸の深い洞察と、常にはじめて世界を見たような初々しさとが共存しています。
本展では、生前に制作された写真集『日々』1971年、『SELF AND OTHERS』1977年、『扉をあけると』1980年、『見慣れた街の中で』1981年に収録された作品と、未完に終わった『幼年の「時間 ( とき )」』、関連資料など約 200点を展示し、牛腸のまなざしに迫ります。

『日々』1971年発行 ©Hiroichi Gocho
『日々』1971年発行 ©Hiroichi Gocho
『日々』1971 年発行 ©Hiroichi Gocho
『日々』1971 年発行 ©Hiroichi Gocho
『見慣れた街の中で』1981年発行 ©Hiroichi Gocho
『見慣れた街の中で』1981年発行 ©Hiroichi Gocho
『幼年の時間(とき)』1983年発行 ©Hiroichi Gocho
『幼年の時間(とき)』1983年発行 ©Hiroichi Gocho
『幼年の時間(とき)』1983年発行 ©Hiroichi Gocho
『幼年の時間(とき)』1983年発行 ©Hiroichi Gocho
『SELF AND OTHERS』1977年発行 ©Hiroichi Gocho
『SELF AND OTHERS』1977年発行 ©Hiroichi Gocho

関連記事

コメント

  • トラックバックは利用できません。

  • コメント (0)

  1. この記事へのコメントはありません。

ピックアップ記事

  1. 「モダニストの『蝶』 詩人・安西冬衛と好太郎」mima 北海道立三岸好太郎美術館
  2. 「土が開いた現代 革新するやきもの」和歌山県立近代美術館
  3. 「キース・へリング展 アートをストリートへ」兵庫県立美術館
ページ上部へ戻る