「モダニストの『蝶』 詩人・安西冬衛と好太郎」mima 北海道立三岸好太郎美術館

「モダニストの『蝶』 詩人・安西冬衛と好太郎」mima 北海道立三岸好太郎美術館

名称:「モダニストの『蝶』 詩人・安西冬衛と好太郎」mima 北海道立三岸好太郎美術館
会期:2024年4月27日(土)〜2024年7月4日(木)
会場:mima 北海道立三岸好太郎美術館
開館時間:9:30 〜 17:00
休館日:月曜日
   4月29日、5月6日は開館
   4月30日、5月7日は休館
入場料:一般 510円、大学生・高校生 250円、中学生以下・65歳以上・障害者手帳提示と付き添い1名 無料
住所:〒060-0002 北海道札幌市中央区北2条西15
TEL:011-644-8901
URL:mima 北海道立三岸好太郎美術館

《飛ぶ蝶》1934(昭和9)年 詩人・安西冬衛(1898-1965)は、好太郎に先駆けて、ピンで留められた蝶のイメージを表現しました。
《飛ぶ蝶》1934(昭和9)年 詩人・安西冬衛(1898-1965)は、好太郎に先駆けて、ピンで留められた蝶のイメージを表現しました。

蝶の群れが海を渡り、貝殻は砂に横たわる。「蝶と貝殻」の連作は、画家・三岸好太郎(1903-1934)がその早すぎる晩年に到達した、白日夢のようなイメージの世界です。
同時代の詩壇では、安西冬衛(1898-1965)が三岸に先駆けて、短詩「てふてふが一匹韃靼海峡を渡つて行つた。」を発表(詩集『軍艦茉莉』 1929年)。茫漠とした海に蝶の孤影を浮かび上がらせるこの一行詩は、日本のモダニズム詩を代表する作品として今日まで評価されています。
ふたりは生前会うことはありませんでしたが、冬衛が活躍した『詩と詩論』(1928-1931)の同人に、好太郎の友人・外山卯三郎がおり、好太郎は同誌を通じて冬衛の詩に接していたと思われます。一方、冬衛は1935(昭和10)年の独立展で好太郎の遺作を実見して高く評価。戦後、焼け跡の都市風景に好太郎の《オーケストラ》のイメージを重ねるなど、後年まで、好太郎に言及しています。 
本展は、昭和初期にモダニズムの旗手として注目を集めた画家と詩人の芸術を、「蝶」を共通項として紹介するものです。ふたりの芸術家のみずみずしい感性の響きあいをご覧下さい。
アーティスト
三岸好太郎、安西冬衛

《筆彩素描集『蝶と貝殻』 海洋を渡る蝶》1934(昭和9)年 好太郎は1934(昭和9)年7月に旅先の名古屋で急逝。
《筆彩素描集『蝶と貝殻』 海洋を渡る蝶》1934(昭和9)年 好太郎は1934(昭和9)年7月に旅先の名古屋で急逝。
《オーケストラ》1934(昭和9)年 帰郷後、冬衛は堺市に奉職。
《オーケストラ》1934(昭和9)年 帰郷後、冬衛は堺市に奉職。
《女の顔(絶筆)》1934(昭和9)年 冬衛は1949(昭和24)年、戦後初の回顧展「三岸好太郎遺作展」(北荘画廊、東京)を訪れ、三岸節子と対面。
《女の顔(絶筆)》1934(昭和9)年 冬衛は1949(昭和24)年、戦後初の回顧展「三岸好太郎遺作展」(北荘画廊、東京)を訪れ、三岸節子と対面。

関連記事

コメント

  • トラックバックは利用できません。

  • コメント (0)

  1. この記事へのコメントはありません。

ピックアップ記事

  1. テーマ展示「きせかえ遊び ~小さなきものと女子の裁縫教育~」紅ミュージアム
  2. 河津晃平 「あなたの灰の中の骨へ 骨の中の灰へ」茨城県つくば美術館
  3. 豊臣秀次公430回忌 特集展示「豊臣秀次と瑞泉寺」京都国立博物館
ページ上部へ戻る