「開館40周年記念名品展 第2部」MOA美術館

重文「湯女図」 江戸時代

名称:「開館40周年記念名品展 第2部」MOA美術館
会期:2022年9月1日(木)~10月25日(火)
会場:MOA美術館
展示室:展示室1 – 5
時間:9:30〜16:30 (最終入場時間 16:00)
休館日:木曜日 
   ただし、9月1日、11月3日は開館
観覧料:一般 1,600円(1,300円)
   高大生 1,000円(700円)・要学生証
   中学生以下 無料
   65才以上 1,400円・要身分証明
   ※( )内は10名以上の団体料金
   ※障がい者手帳をお持ちの方と付き添い者1名のみ半額
住所:〒413-8511静岡県熱海市桃山町26-2
TEL:0557-84-2511
URL:MOA美術館

創立者・岡田茂吉(1882~1955)の美術品収集は、第二次世界大戦後の混乱期に本格的に開始されました。岡田は、多くの美術品が諸外国に流出するのを憂いて心血を注いで収集し、また優れた美術品は荒廃した社会人心を陶冶するという独自の哲学を有し、高度の芸術文化国家の実現を願い美術館の建設を構想しました。
MOA美術館のコレクションは、岡田が蒐集した日本、中国をはじめとする東洋美術を中心に構成されています。その内容は、絵画、書跡、彫刻、工芸等、多岐にわたり、各時代の美術文化を語る上で欠くことの出来ない作品を含んでいます。
この度の開館40周年記念名品展の第2部では、コレクション中より伝銭選「花鳥図」、「青磁大壺 郊壇官窯」、重文「湯女図」、重文 勝川春章「雪月花図」、重文「阿弥陀三尊像」、重文「三角縁神獣鏡」をはじめとする中国絵画、中国陶磁器、風俗画、浮世絵、仏教絵画、青銅器等を展示します。

重文「湯女図」 江戸時代
重文「湯女図」 江戸時代

近世に入り、庶民の風俗生活が主要な画題の一つになると、狩野(かのう)派などの正統派の技法を身につけたと見られる絵師ばかりでなく、次第にその主流が町絵師の手に移り、描写形式も、祭礼などの群衆描写から少人数の群像、さらに一人立ちの人物像へと変化していく。本図は、京や江戸で元和・寛永年間(1615~44)に流行した湯屋で働く六人の湯女を描いている。湯女は、初めは客の垢を流し髪を洗うのを仕事としたが、次第に容色を飾り、客の酒食の相手をするようになった。衣裳文様の華麗な美しさは、この時代の風俗画の特徴で、図中向かって左から二人目の湯女の着物に、篆字風の「沐」の字の柄が見られるのも興味深い。また、顔の生き生きとした表情は写実的であり、中央にふところ手をして闊歩する遊女を中心に、五人の女性を配した構図も見事で、これら湯女たちの街を連れ立って歩く描写は、のちの寛文期美人画に見られる優艶な理想化とは違い、生命力にあふれている。団家旧蔵。

青磁大壺 郊壇官窯 中国 南宋時代
青磁大壺 郊壇官窯 中国 南宋時代

中国で宮廷御用品を焼いた直営の窯を官窯と呼び、北宋時代には汝(じょ)官窯・北宋官窯があった。靖康2年(1127)、金の侵入を受けて南にのがれ、紹興八年(1138)に都を臨安(杭州)に遷して以降、すなわち南宋時代には、まず修内司(しゅうないじ)官窯、次いで郊壇窯(新官窯とも称される)が設けられた。新官窯は杭州市の南郊の烏亀山麓に設けられ、修内司官窯に劣らぬ優れた青磁を焼いた。付近に郊壇(皇帝が天を祭る壇)があったところから、郊壇下官窯あるいは郊壇官窯と称された。また素地が陶質であるため、釉の全面にわたって不規則な貫入(かんにゅう)が縦横に走り、その中にさらに細かい貫入が見られる、いわゆる二重貫入となり、それらが釉面に変化を与え、釉の色合いをいっそう引き立てている。本図の壺は郊壇窯としては稀に見る大作で、きわめて高い高台をもち、豊かな張りのある姿で格調が高い。碧玉を見るような釉色をし、手にとると意外なほど軽い。郊壇官窯の優れた作行きが凝縮しているのを見る思いがする。

伝銭選「花鳥図」中国 南宋~元時代
伝銭選「花鳥図」中国 南宋~元時代

中国花鳥画の伝統は古く唐代に溯るといわれるが、それが小景の鑑賞画として完成するのは宋時代のことである。特に北宋時代末の徽宗(きそう)皇帝によって創られた画院の様式は、構図の安定、写生の徹底、余白の活用などを特色とし、静かな画趣が重んじられたが、南宋時代も進むと、画中の鳥獣の表現に動きが強調され、墨線が重視されるようになる。本図では、蜂をねらう野びたきの描写に、瞬時の緊張感が見事にとらえられており、梅樹や竹葉には、鋭く的確な線描が生かされている。色調に淡彩が目立つ点などから、南宋時代も末期以降の作と考えられる。

勝川春章 「雪月花図」 江戸時代(18世紀)
勝川春章 「雪月花図」 江戸時代(18世紀)

勝川春章(1726~92)は江戸中期の浮世絵師で、勝川派の祖。版画・版本にも優れた作品を多数残し、特に役者絵においては、それまでの鳥居派の典型を破って、写実的似顔絵を始めた。また、肉筆画の技量は浮世絵師中第一級と賞される。本図は、雪月花の三幅対を平安王朝の三才媛の見立(みたて)絵とし、これを当世市井の婦女風俗に描き替えている。向かって左の幅は、清少納言の「香炉峰の雪は簾(すだれ)をかかげて見る」という故事を、武家の奥方風の女性として描き、中央の幅は、武家の娘風の女性を、石山寺で机にもたれて筆をとる『源氏物語』の作者紫式部に見立てている。また、向かって右の幅は、「花の色はうつりにけりな いたづらに 我が身よにふる眺めせしまに」と詠んだ小野小町を、芸者として描いている。中央の幅の女性像は、衣裳などが彫塗りによる重厚な描き方であるのに対し、左右の幅では暢達な線描が実に軽妙で、江戸好みの髪型や衣裳の美しさが見事にとらえられている。

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